第19話 アリアの正体と、リリィの笑顔
マコトが四天王の一人であるレグルガを倒した後。
敵本陣に乗り込んできたリリィによって、マコトは助け出された。
一方、レグルガ配下の魔軍は、ただでさえ数日間に渡るリリィの猛攻によって兵数が半減していたところに、大将が討たれ本拠地に勇者が乱入するという緊急事態が発生。更にはアリアたちの知らせを受けたブラシュタット軍が夜襲を仕掛けたことにより、敗走した。
ミュールパントを目指していた魔軍の増援部隊も、レグルガの軍が敗れ挟撃が不可能となったことになったためか、進軍を中止し撤退したとのことだ。
ミュールパントを防衛していたブラシュタットの軍は、大勝利に歓喜の声を挙げたという。
それから、一夜が明けて。
戦勝を祝い、功労者をねぎらうとのことで、マコトはミュールパント城内にある玉座の間に呼ばれていた。
玉座の間は、ブラシュタットの家紋と同じ色である赤を基調とした内装の大広間だ。
華美な装飾品は少なく、代わりに武器や鎧が飾られているのは、ブラシュタットの家柄だろうか。
マコトを含む功労者たちは玉座の正面に並んで立っており、その中にはリリィたち勇者一行も含まれている。
加えて両脇には、参戦した諸侯や文官などが控えていた。
「皆、よくやってくれた」
最奥の壇上に設えられた玉座に鎮座したブラシュタット家の当主、ローラン・ブラシュタットが、集まった面々に向けて告げた。
ローランは白髪で穏やかな雰囲気が漂う壮年の男性といった顔つきをしているが、その視線は力強く、声は威厳に満ちている。
大柄ではあるが、かつて戦場で足を怪我して杖が手離せない体になってからは、前線に出ることはなくなったそうだ。
今は専ら内政面で手腕を振るっており、国内の諸侯からの信頼は厚く、民からの人気も高いという。
「特にマコト殿とリリィ殿の活躍は、凄まじいものでした」
玉座のすぐ横に立つ強面の男、マティアス・オドランがうなずく。
ローランに代わって前線で軍の指揮を取る男で、ブラシュタット軍のトップに立つ重臣だ。
「うむ。我らとハルトフォードは、かつては敵対し因縁が深い時もあったが……魔王という共通の敵を前に、団結することができた。これは何より、勇者という旗印の存在が大きい。リリィ殿とご一行には、深く感謝している」
「勇者として、当然のことをしたまでです。ブラシュタットの平和が保たれたこと、私も嬉しく思います」
ローランがリリィたち勇者一行に礼を告げると、ハルトフォード軍の正装に身を包んだリリィは恭しく一例して答えた。
戦場ではド派手に駆け回るリリィだが、公の場では気品溢れる立ち振る舞いを見せる一面も兼ね備えている。
普段の天真爛漫なかわいらしさとは打って変わって、上品で美しい雰囲気だ。
「そして、マコト殿。さすが、ハルトフォードの強大な戦力と称されることはある。四天王を単独で撃破するとは、お見事であった。勇者でなくなって力を失ったと聞いていたが……健在のようだ」
「いえ……それほどでも」
ローランに視線を向けられ、マコトは一礼する。
……リリィに見惚れていたせいで、少し反応が鈍くなってしまった。
「実はわたくしも、魔軍に追われていた窮地を助けていただいたのです。改めて、マコト様に感謝いたします」
そう言ったのは、玉座の隣に座っていた少女、アリアだ。
彼女の正体は、アザレア・ブラシュタット。
その名前こそが、助けた時から感じていた、ただならぬ気配の答えだ。
ブラシュタット家当主の一人娘であり、正統な後継者である。
「そういえば、マコト殿とアザレアは、以前婚約の話があったな」
ふと、ローランがそんなことを口にした。
「はい、話が出た当時は、顔を合わせる機会はございませんでしたが……」
「マコト殿が勇者としての力を失ったことを機に、ハルトフォード側から婚約解消の申し出があって立ち消えとなったのだったな。考えれば、もったいない話だ」
アザレアの言葉を聞いて、ローランは真面目に考えるようなそぶりを見せる。
確かに、かつてマコトとアザレアの婚約話が浮上していたのは事実だが、そこにマコト自身の意思は介在していない。
マコトが勇者として魔王討伐の旅に出ていた途中、ハルトフォードの当主がブラシュタットへの影響力を伸ばすため、勝手に持ちかけた話に過ぎない。
とはいえ、マコトとしては、多少なりの後ろめたさはある。
その原因は、リリィをはじめとした勇者一行から、興味深い視線を向けられているせいだ。
「どうやら、アザレアもマコト殿のことを気に入っているようだし、あの話を改めて、というのはどうかな? 娘も年頃でそろそろ婿を探さねばならぬが、ブラシュタット家の一人娘となると、相応の相手でなければならないからな」
「お、お父様……急に何を……おやめください」
アザレアが頬を赤く染めながら、父であるローランを諫める。
マコトとしては首を縦に振るつもりはないが、断固として拒否するのもそれはそれで話が拗れかねない。
ただ、この口ぶりから察するに、ローランをはじめとするブラシュタット家の人間は、マコトのことをハルトフォード家の人間だと認識している。
政略的な価値を、マコトに感じている。
つまり、ハイランドでの事件については、まだミュールパントまで届いていないということだ。
「まあ、家同士のことをマコト殿の一存で決めるのは難しいだろう。一旦この話は置いておくとして、前向きに考えてくれるとこちらとしては嬉しいところだ」
マコトが答えあぐねているのを汲み取ってか、ローランはそう告げてくる。
冗談まじりといった様子で話を持ち出しながら、あわよくばマコトを取り込もうとしてくる辺り、ローランはなかなか侮れない人物らしい。
「……」
マコトは明確な答えを口にすることなく、一礼した。
頭を下げた状態で恐る恐る、リリィの方を見る。
リリィはにこにこと、楽しそうにも見える笑みを浮かべていた。
……あれは、どういうつもりなんだろうか。怒っているわけでは、なさそうだけど。
「さて、堅苦しい場での話はこれくらいにしておこうか。今宵は戦勝祝いの宴がある。是非とも、皆さんも参加して頂きたい」
ローランが仕切り直すように告げると、その場は解散となった。
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