第24話 夜更けの侵略

 夜。

 寝付けずにいたマコトは、城の客室を出て、ミュールパントの中心街を散歩していた。人の往来がほとんどなく、静寂に包まれた通りを、月明かりに照らされて歩きながら物思いに耽る。

 結局、昼間のデートでは、マコトの進路は決定しなかった。

 リリィと同行するのは、本人が否定的だ。ハルトフォードに、戻る場所はない。

 行く宛がないのが、マコトの現状だ。


「まだ数日滞在するって話だし、その間にリリィを説得するのが一番か……」 


 昼間、マコトはリリィと正式に恋人になり、キスをした。

 正直、実感が湧いてこないと、マコトは思う。

 恋愛や結婚は、隣にいるという漠然とした目的に対しての、明確な答えには違いない。

 しかし、実家を逃げ出したマコトは放浪の身だ。

 

(何かしらの方法で魔王を倒した後は、まともな身分と仕事を手に入れる必要がありそうだな……)


 何一つ問題が解決していない状況にしては、楽観的な思考だ。

 リリィの隣は居心地が良すぎる故に、つい気が緩んでしまう。

 まずは目の前の出来事に対して向き合わなくては、足元を掬われる。

 

「あ」


 考え込みながら夜道を歩いていると、知らぬ間に中心街と外区街を隔てる城壁の前まで到達していた。

 この時間、防衛上の都合で城門は固く閉ざされている。

 門の前には、警備兵の死体が、八つ裂きにされて転がっていた。


(何が、起きている……!?)


 異常事態を前にして、マコトは一気に警戒心を強める。

 周囲を見ると、城門のすぐ横にある見張り塔の入り口にも、同様に八つ裂きの死体が転がっていた。

 塔の内部には、城門を開閉するための装置が設けられているはずだ。

 

「塔の扉が開いているってことは……」


 何者かが城門を開くために、兵を殺して侵入した。

 警備兵が異変に気づく前に惨殺する手際は、只者の仕業ではない。

 死体は八つ裂きにされている。武器を使用しての行為である可能性は低い。


(まず間違いなく、魔法を使っている……しかも、見覚えのある魔法だ)


 嫌な予感がする。

 マコトは見張り塔へ向かう。

 細かく刻まれた肉が浮かぶ血溜まりを跨ぎ、開け放たれた扉から中へ入ると、階段を駆け上がる。

 見張り塔に侵入して門を開放しようとしているのは、恐らくマコトの知る人物だ。 

 その人物がいること自体は、大した問題ではない。そいつが凶行に及んでいるという事実と、門を開放した後に発生であろう出来事が、マコトにとって非常に都合が悪いのだ。


「やはり、君だったか」


 塔の最上階。

 今まさに、門の開閉レバーを操作していた人物の名は、ノノ・ノイエンタール。

 古びたローブを身に纏い、首元近くまで丈のある大きな杖を持ち歩いている。勇者の仲間としてリリィの旅に加わる、エルフの魔法使いだ。

 マコトはかつて、ノノと協力関係にあった。ノノは若くしてハルトフォードの魔法学研究所で活躍する、魔法学の権威だ。

 ノノにとって、マコトが独自に編み出す術式や魔道具は研究価値が高かった。彼女にマコトの独自技術の一部を提供する代わりに、マコトはハルトフォードの最先端技術の試作品を受け取っていた。強走薬なども、その一つだ。


「おや、マコトさん。奇遇ですね」

「ここで何をしているんだ」

「見ればわかるでしょう。門を開けているんです」


 世間話をするような態度で、ノノは肩を竦める。


「君は、勇者一行として魔軍からミュールパントを防衛する任務に就いていたと思っていたんだが」

「またまたー、マコトさんなら分かっているでしょう。大陸統一を国是とするハルトフォードが、ただの善意で他国を助けるわけがないって」


 マコトの生家、ハルトフォード。

 最大最強の国家は、魔軍が跋扈する現在においても、大陸の覇権を虎視淡々と狙っていた。

 曲がりなりにも一族に名を連ね、かつて最強の剣として戦ったマコトは、ハルトフォードという国家が他国を侵略する上で取ってきた手口をよく知っている。


「時に力で、時に搦手で。ハルトフォードらしいな。今回は、搦手の方か」

「はい。リリィさん率いる勇者一行がブラシュタットを救い、信用を得て内部に入り込む。難攻不落である城塞都市のミュールパントでも、内側からなら容易に崩せます」


 低い音を立てて開いていく門を見下ろしながら、ノノは言う。


「リリィに直接攻め落とさせないのは、今後も同じ手を使う余地を残すためか?」

「まあ、そんなところです。今回の件は表向き、ブラシュタットの諸侯がハルトフォードと内通し、門を開けたという筋書きになります」

「ああ、なるほど。その諸侯が、外門を開ける担当か」

「さすがはマコトさん。ご明察です」


 マコトの考察を聞き、ノノは楽しげに笑う。

 ミュールパントには、今マコトがいる中心街と外区街を隔てる門以外にも、都市内外を隔てる城壁と門が存在している。

 ノノ一人では一箇所しか攻略できない以上、もう一方の門を開放する役割を他の誰かが受け持つ必要がある。 


「ブラシュタットの軍は、どうやら一枚岩ではないようでして。英雄的な存在であり軍の中心であるマティアスと、彼が軍の指揮権を持つことに異を唱えるフェルランの派閥に分かれています」

「それで、フェルランとやらの方に内通の話を持ちかけたのか」

「そういうことです」

「けど、よくそいつも内通する気になったな。ミュールパントの守りがあれば、ハルトフォードといえど攻略できないのは、歴史が証明している。それを一番知っているのは、他でもないブラシュタットの人間なのに」


 最後にハルトフォードがミュールパント攻略を試みたのは、今から三十年程前だったとマコトは聞き及んでいる。その際は、ハルトフォード側の大敗という結果だったらしい。


「昔と違って、今のハルトフォードにはリリィさんとマコトさんがいますからね。その強さを目の前で見せつけられて、力の差を理解したんでしょう。彼らが壊滅寸前まで追い込まれた魔軍を、リリィさんは三日で半壊させ、マコトさんは単独で四天王を撃破してしまったのですから」

「……皮肉な話だな」


 リリィが勇者としてミュールパントを防衛するために取った行動は、真逆の結果をもたらした。

 裏にあった思惑を、リリィは認知していないだろう。

 

「ミュールパントは、落ちるな」

「ええ。二つの城門が開かれ、都市内には内通者が現れて大混乱。そんな状況で満を辞して、ハルトフォードの大軍勢がお出ましです」


 ノノが、遠くを指差す。

 開け放たれた外区の門の、更に先。

 地平線に、一筋の光が揺らめく。

 光は数を増していき、すぐに地平線を埋め尽くした。 

 ハルトフォードの大軍が持つ、松明の光だ。

 地鳴りのような音が、少しずつだが確実に、迫っている。


「あれは、どの軍だ」

「第一軍です。指揮官は、マコトさんもよくご存知の、アーサー・ハルトフォード様ですね」


 アーサー・ハルトフォード。マコトの兄の名だ。

 ハルトフォードの長男であり、正当なる次期後継者。

 マコトのことを、最も忌み嫌う人物でもある。


「よりによって、あの人か」

 

 他の誰かならまだしも、アーサーが相手ではマコトに交渉の余地はない。

 この城塞都市から、脱出する必要がある。


「そういえばマコトさん。マグナ・ハイランドでご親戚を殺して逃亡中なんでしたっけ。そうなると、アーサー様率いる軍勢に見つかるのは、都合が悪いですね」

「……知っていたのか」

「はい。リリィさんたちや、ブラシュタットの人間は、まだ聞き及んでいないでしょうけど」


 つまり、当事者を除いたら、ミュールパントであの一件を知っているのはノノだけだ。


「君は耳が早いんだな」

「ええ。なんでだと思います?」


 ノノは煙に巻くような態度で、はぐらかす。


「今更、どうでもいいさ」

「おや、そうですか。でしたら代わりに、耳寄りな情報を教えましょう」


 ノノはローブに手を突っ込むと、丸められた羊皮紙をマコトに投げ渡した。

 

「これは?」

「城塞都市の外へ繋がる通路を記した、秘密の地図ってやつです。その地図に記した道に沿って行けば、マコトさんは安全にミュールパントから脱出できます」


 羊皮紙を広げてみると、確かにそれらしい地下通路に関する情報が図で記載されている。


「ここに書いてある情報が信用できるとでも? はっきり言って、今の君はこの街で一番胡散臭いぞ」

「別に信じなくても構いませんが……どうせ他に逃げ道なんてないんですから、とりあえず行ってみたらいいじゃないですか。私は純粋にマコトさんを気に入っているので、助かってほしいと思っているだけですよ」


 そう言って笑顔を見せるノノだが、どうにも怪しさが拭えない。


「まあ、騙されたと思ってこの地図に従ってみるよ。魔道具で変身したり、隠れたりしてもハルトフォードの軍が相手じゃすぐにバレるだろうし」


 彼女の思惑はともかくとして、指摘は間違っていない。

 どうせ他に行く宛はないのだ。

 ならばまずは地図の場所に行ってみて、怪しいようなら引き返せばいい。

 マコトはノノに背を向けると、登ってきた階段を下ろうと、一歩踏み出す。


「あ、そうだ」


 その背中に、ノノが一声。


「ニコラさんには、お気をつけください」


 マコトが振り返ると、ノノはやはり、楽しげな笑みを浮かべていた。

 どういう意味だ、と聞いたところで、彼女は満足のいく答えを提示することはないだろう。

 もう一度ノノに背を向けて、マコトは階段を駆け下りる。

 戦乱の悲鳴が、城下から聞こえ始めた。  

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