第17話 力の差

「これで分かっただろう。俺とお前の、力の差が」


 レグルガは、勝利を確信していた。

 目に映るのは、半ば壁にめり込むような状態で力なくもたれかかる先代勇者、マコトの姿だ。


「そうだな。僕は少し、お前のことを侮っていたかもしれない。だから……ここから先は、全力で行くよ」

「ああ? 今のお前に何ができるってんだ」


 マコトは口から血を吐いており、満身創痍といった様子だ。

 剣も床に転がっている。


「勇者の権能は、本来リリィに受け継がれるはずだった」


 不意に、マコトが語り始めた。

 レグルガからしてみれば、付き合ってやる必要はない。

 さっさと首をねじ切ってしまえば済む話なのだが、何故か体が動かなかった。


(なんだ……? こいつ、さっきまでと雰囲気が違う……?)


 マコトから感じる、微かな違和感。

 

「しかし、勇者になったリリィは権能を受け継いでいなかった。それが何故か分かるか?」

「……魔王様が奪い取って、俺たち魔軍の幹部に分け与えたからだ」


 マコトに聞かれ、レグルガは答えていた。

 我ながら、悠長だと思う。

 これは勝者の余裕、なのだろうか。


「確かにお前の言う通りだが、それ以前に魔王は、どうやって勇者から権能を奪ったと思う?」

「知るか、そんな話はどうでもいい」


 瀕死の男の戯言に、耳を傾ける必要はない。

 だというのに、レグルガは何故かとどめを刺すための一歩を踏み出す気になれなかった。


「今の魔王はリリィの体内に宿る、もう一つの人格だ。だからリリィが勇者になったと同時に、権能を掠め取ることができたんだ」

「魔王様が、勇者のもう一つの人格だと……?」


 レグルガはマコトの話を聞いて困惑すると同時に、納得した。

 魔王は四天王をはじめとした魔軍の将兵に命令を発するが、その姿を直接見た者は誰もいない。

 また、その正体を知る者もほとんどおらず、四天王であるレグルガですら例外ではなかった。

 そんな秘密を、なぜ宿敵であるはずの、先代勇者が知っているのか。


「権能を魔軍に分け与えたことは、最近になって魔王から直接聞かされたんだが……僕はリリィが勇者になったと聞いた時点で、その事態を想定していた。だから、対策することにしたんだ」

「対策だと?」 


 レグルガは、ハッタリだと言おうとして、その口が止まった。

 マコトの気配が、高まっているように感じたからだ。

 

「そもそも、勇者が神に与えられた権能とは、具体的にどういうものなのか、把握しているか?」

「ただの強大な力だ。理屈なんてどうだっていい!」


 いい加減、レグルガは苛立ってきた。

 意図の見えない会話を続けるマコトを前に、声を荒げる。

 だがやはり、マコトをねじ伏せるための行動を起こすことはなかった。

 体が竦んで動かないからだ。


(……体が竦む?)


 なぜだろう、という疑問がレグルガの頭をよぎり、答えが出る。

 自分が目の前の相手を恐れているからだ。


(ありえねえ……なんで俺がこんな、瀕死の人間ごときにビビってるんだ!)


 レグルガが狼狽えている間にも、マコトの気配は高まり続ける。


「いや、重要なのは理屈だ。権能とは神の性質の一部が魔力となり、勇者に分け与えられたもの。神が司る七つの性質が、七つの能力として分け与えられた。お前が使う超再生も、その内の一つだ」


 違う、これは気配などという曖昧なものではない。

 マコトの魔力が、失われたはずの先代勇者の魔力が、高まっているのだ。


「神というのは、七つの性質で全てを語れるような、単純な存在じゃない。僕は勇者としてその力の一端に触れて、感じたんだ。そして、性質を理解することができれば、力として振るうことができる可能性にも気づいた。つまり……」


 レグルガが気づいたときには、もう手遅れだった。


「……権能というのは、何も七つに限らないってことだ」


 瞬間、マコトの魔力が急激に上昇するのを、レグルガは肌で感じた。

 絶望的なまでの、威圧感。

 まさに、かつて先代勇者として竜王を屠る姿を目の当たりにした時と、同じ感覚だ。

 この時レグルガは、マコトとの力関係が逆転したのだと悟った。


「ここが誰の邪魔も入らない地下室で良かった。この密室なら、力の詳細を誰にも見られずに済むからな」


 マコトはそう言いながら剣を拾い、立ち上がった。

 レグルガはその発言の意味を、悟る。

 ああ、こいつは今から俺を殺すのだ、と。

 本能的な恐怖を感じ、レグルガの体が震える。


「僕が八つ目の権能を使えることは、リリィにも秘密なんだ。彼女に知られたら、魔王にも手の内を明かすことになってしまうから」


 マコトは片手に剣を構え、ゆっくりとレグルガに迫り始めた。

 その姿を前に、レグルガの中で恐怖とは別の感情が湧き上がった。


「ふざけるな、こんなことはありえねえ!」


 激しい怒り。

 何をしたのかは分からないが、マコトは神の力であるはずの権能を使ってみせた。

 ただの人間風情に神の真似事ができるわけがない。と言いたいところだが、実際にマコトは全盛期の魔力を取り戻している。

 こんなのは、理不尽だ。到底受け入れられない。

 それに、自分だって権能は扱える。

 超再生のおかげで、実質的な不死を得たのだ。

 しかも、竜王から奪い取った力もある。

 ようやく四天王まで登り詰めたというのに、こんな場所で、訳のわからない奴のせいで、今まで築き上げてきた全てを失うわけにはいかない。

 憤怒が頂点に達した時、レグルガが動いた。


「死ねええ! マコト・ハルトフォード!」


 レグルガが振り上げた大剣に魔力を込めると、鋼の大剣が漆黒に染まった。

 直後、暗闇の波動が大剣から溢れ出す。

 竜瘴気。

 かつて竜王が得意とした、あらゆる守りを貫通し、使用者以外が触れただけであらゆる命を奪う病魔のような攻撃。

 これこそが、レグルガが竜王から奪い取った力だ。

 レグルガが大剣を振り下ろし、ありったけの竜瘴気をマコトに向けて放とうとした、その時。

 竜瘴気は、一瞬にして全て霧散した。


「何が、起きた……!?」

「悪いな。これが僕とお前の、力の差だ」


 いつの間にか目の前にいたマコトが、そう告げてくる。

 レグルガには、何をされたのかは分からない。

 しかし、マコトが竜瘴気をあっさりと打ち消したという事実だけは、嫌でも理解させられた。



◇◇◇◇◇◇


どうもりんどーです、ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回、決着です。

どうしても敵視点でマコトの強さを描きたかったので今回はレグルガ視点で書いてみました。

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