第18話 元勇者、君臨する

「悪いな。これが僕とお前の、力の差だ」


 レグルガの放つ竜瘴気を消滅させながら、マコトはそう告げる。

 今回は、打ち消しの魔眼を使ったわけではない。

 ただ、竜瘴気に相反する魔力をぶつけて、相殺しただけだ。

 そんな芸当ができるのも、マコト本来の魔力を取り戻してこそ。

 第八権能。

 マコトの持つ奥の手であり、魔力が復活した理由だ。

 能力は、時間制御。と言っても、マコトにできるのは自分自身を一定期間の範囲で過去の状態に戻すことだけだが、それで十分だ。

 魔力を失う前の状態に戻ることができれば、マコトは全力で戦える。

 部分的な時間制御は、先ほどまでの肉体的なダメージに関しても負傷する前の状態に戻すことができるため、今のマコトは万全の状態だった。


「クソがああああ!!!」


 逆上したレグルガが、マコトの頭上目掛けて大剣を勢いよく振り下ろしてくる。

 マコトが魔力を失った状態のままだったら、視界に捉えるのも難しいほど俊敏で、キレのある攻撃だと感じただろう。

 しかし今のマコトには、魔力が充溢している。最強の覚醒者と称されていた頃と同じ状態だ。身体能力は超人的に強化されており、動体視力も高まっている。そんなマコトにとっては、レグルガの振るう大剣など止まって見えた。

 マコトは軽く剣を振るい、大剣を持つレグルガの腕を、肩口から的確に切り落とした。 


「あああああああっ!!?」


 腕を切り落とされ、レグルガが絶叫する。

 超再生のおかげで早くも新たな腕が生えつつあるが、痛覚が消えるわけではない。

 マコトは悶えるレグルガを尻目に、追撃する。


「術式展開」


 呪文を唱えると、マコトの背後の空中に、数百を超える小型の魔法陣が展開される。


「全自動殲滅術式、起動」


 マコトがそう呟くと、それぞれの魔法陣から青白い光線が発射された。一つ一つが、少しでも掠めれば即座に肉体が融解する威力を持った、即死級の光線だ。

 薄暗かったはずの地下室が、眩い光に照らされる。

 光線は無数の束となり、一斉にレグルガに降り注いだ。


「っつっ……!」

  

 レグルガは声を上げる間も無く四肢を潰され、数々の急所を貫かれていく。

 逃げることも、反撃することも叶わない。

 超再生によって即死は免れているが、肉体が復活しようとしたそばから次々と光線が連射され続け、レグルガの体は少しずつだが確実に、溶けるように小さくなっていく。


(やはり、超再生の弱点は飽和攻撃か)


 マコトの考えた超再生の対策はこうだ。

 再生速度を上回る飽和攻撃を与え続け、超再生の限界を超える。

 単純かつ明快な答えでありながら、それができれば苦労はしないという、超人的な芸当だ。

 しかし、最強の覚醒者としての力を一時的にせよ取り戻したマコトには、可能だった。

 全自動殲滅術式は本来、万を超える軍勢相手に単騎で一箇所に留まったまま殲滅するというコンセプトで生み出された、マコト独自の術式だ。 

 正確にはリリィと共同で開発した術式で、マコトとリリィのみが扱える。

 もっともリリィは「こんな一方的で燃費の悪い魔法を使ったらおもしろくないし疲れる」という理由で、実戦では使用していないようだけど。

 

 飽和攻撃が、一分間ほど続いた後。

 レグルガの存在は完全に消滅した。


「ふう……」


 全身に疲労と激痛が一挙に押し寄せ、マコトはその場に膝をつく。

 マコトは第八権能の時間制御を完全に使いこなしてはいない。

 マコトが自身の肉体に時間遡行を付与できるのは、ごく短い時間だけだ。

 加えてその短い時間が終われば、肉体は時間遡行をする前の状態に戻るだけでなく、反動で体が動かなくなる。

 故に、マコトは脱出時間を考慮して能力を行使する必要があった。

 しかし、第八権能を実戦で使用するのは初めてだったため、目算を誤った。


(思っていたよりも、力尽きるのが早いな)


 この地下室は、魔軍の本陣である城のど真ん中だ。つまりここにいる敵は、レグルガだけではない。

 部屋の外から、複数の足音と、鎧の擦れる音が聞こえてくる。


「レグルガ様! 先ほどこの部屋から強力な魔力を感じましたが、ご無事ですか!」

 

 扉を叩く音と、呼びかける声。

 通常、魔力とは知覚できるものではない。

 しかし、全盛期のマコトほどの魔力量を持つ人間の魔力が突然発生し、すぐに消滅するという異常事態となると、話が別だ。

 強大な魔力の急発生は、大気を揺るがす。

 魔力の扱いに長けた者はもちろん、全く扱えない者まで、その異変に感づくことができる。

 だからこそ、レグルガが特別に設えた、防音性に優れるこの堅固な地下室でも、魔軍の兵たちは異変を感じて駆けつけることができた。


「……これは、まずいな」


 逃げるか、隠れるか、あるいは戦うか。

 何かしら行動を起こす必要があると分かっていても、体が言うことを聞かない。

 マコトは残った力を振り絞って立とうとするが、逆にその場に突っ伏してしまった。


「レグルガ様!? 返事をお願いします!」

「やはり何かがおかしいぞ……! ここは突入しよう!」


 向こうから、複数の声が聞こえてきた。

 扉が開く音がして、鎧を着た魔軍の兵たちの姿が隙間から見えた、その時。 

 どかーん、という冗談みたいな轟音と共に、視界が白塵に染まった。

 何かが突っ込んできて、魔軍の兵がいた辺りの天井が、崩れたらしい。


「これは、まさか……」

 

 マコトは驚きながらも、一つの予感を抱く。

 少しして塵が晴れると、兵たちがいた辺りには、代わりに瓦礫の山があり。

 その上には、一人の少女が立っていた。


「やっぱりいた! マコトくんだ!」


 そう、こんな真似ができるのは一人しかいない。

 マコトと並ぶ最強の覚醒者、リリィだ。

 リリィはマコトと目が合うと、嬉々として駆け寄ってきた。


「リリィ……君、いくらなんでも無茶しすぎだ」

「それはこっちのセリフでしょ! マコトくんの魔力を敵の本陣から感じて、急いで来たんだから」


 どうやらリリィも、先ほどマコトが権能を使った時の魔力を感じ取っていたらしい。

 まあ、そこまでは想定内だ。魔力を復活させる方法を悟られなければ、問題ない。


「ありがとう、リリィ。おかげで助かった」

「うん、どういたしまして!」


 マコトがお礼を口にすると、リリィは満面の笑みで答えた。

 マコトはその笑顔を前に安堵すると同時に、情けなさを感じる。


(リリィを救うためにここに乗り込んで来たはずなのに、最後はそのリリィに助けられているようじゃ、まだまだだな……)


 ともあれ、あとはリリィに任せておけば問題ないだろう。

 自分たちの本陣から大将である四天王がいなくなり、代わりに勇者がいるこの状況。

 魔軍の連中が見たら、戦うこともなく撤退を始めるはずだ。


 そんなことを考えているうちに、マコトの意識は薄れていった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇


どうもりんどーです。


今回で第二章ミュールパント防衛編が終了となります。

第二章まではマコトやリリィが個の力で全てを解決していましたが、この先は状況が一変します。

ここまでに端々に匂わせてきた不穏な情勢が、一気に顕在化していく第三章のタイトルは「ミュールパント陥落編」です。

何ネタバレしてるんだって感じのタイトルですが、今回で四天王は倒してしまったので、問題は誰が陥落させるかですね。

ここまで読んでいただいた方ならなんとなくわかるでしょうか?

ぜひ予想してコメントしていただけると嬉しいです。

ここまで読んで面白かったよという方は、ぜひ☆での評価をお願いします!

第三章は明日から更新予定となりますので、本作をフォローしてお待ちいただけると嬉しいです。

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