第16話 リリィ、二人の少女と出会う

 マコトがレグルガと戦っている頃。

 すっかり日が暮れて、戦場が静まり返った夜。

 リリィはブラシュタット軍の野営地近くの廃村に、一人で佇んでいる。

 この村はリリィがやってくるよりも以前に、戦乱に巻き込まれて魔軍に荒らされたらしい。住民はミュールパントの城壁内に避難しているとのことだが、彼らの生活が脅かされていることは間違いない。

こういう時、真っ当な勇者なら、この村に住んでいた人々のことを思い、心を痛め、憤るものなのだろう。

 しかし、当代の勇者であるリリィの心は、穏やかだった。


(不謹慎なのかな、わたしって)


 正直、村が廃れて誰もいないこの状況はリリィにとってありがたかった。

 人混みから離れた場所で、誰にも邪魔されず安らかに星空を眺められるのだから。

 別にリリィは、人嫌いというわけではない。

 ブラシュタットの将兵達は他人ではあるが、旅の仲間たちとは親睦を深めている。彼女達と話すのは、楽しい。

 けど、どうも満ち足りないというか。

 もっと心躍る相手を知っているというか。

 その相手が近くにいない時は、そいつを想って空を見上げるのが、リリィは好きだ。


「今、何してるんだろ」


 この戦いのこととか、魔王に脅かされている世界のこととか、そんなことよりも。

 気になるのはマコトのこと。

 マコトが先代の勇者として旅をして、今度は自分が勇者になって。

 彼が隣にいないことは、昔と比べて多くなった。


(いつまで経っても慣れないな……一人でいるの)


 初めて会ったのは、リリィが実家のシトロエン家から人質としてマグナ・ハイランドに連れてこられた7歳の頃。

 以来、マコトが勇者として旅立つまでは、ずっと一緒にいた気がする。

 運命的に相性が良かったのか、それとも単純にお互い一人ぼっちだったからかはわからない。

 できれば前者の方が、リリィとしては嬉しかったりするのだけど、それはそれとして。

 人質という難しい立場で初めて故郷を離れてやってきた土地で、マコトは唯一心を許せる存在だった。

 そして、唯一対等な存在でもあった。

 覚醒者としての才覚を見込まれていたリリィは、幼い頃からハルトフォードの戦力として、徹底的に鍛えられてきた。

 その類稀な才覚を発揮して、同年代の覚醒者達は愚か、最前線で活躍する大人達をも圧倒するようになるまで、そう時間はかからなかった。

 次第にリリィの鍛錬に付き合えるような相手の数は少なくなっていく中、マコトだけは対等な力を持っていた。

 剣の鍛錬も、魔法の勉強も、マコトと二人でなら、苦ではなかった。

 思春期真っ只中な今になって振り返るとちょっと恥ずかしい気もするのだが、リリィは本当に、四六時中マコトと一緒にいたと思う。

 昼間の鍛錬はもちろん、夜もマコトの部屋で魔術書を読みながら寝落ちして、朝目が覚めたらマコトの隣で寝ていた、なんてことも多い(世話役として故郷から共に来たメイドからは、はしたないと怒られたりもしたが)。

 休みの日だってもちろん一緒で、立場上あまり外出できる機会は多くなかったが、たまにハイランドの街を二人で出歩くこともあった。


(子供の頃だから意識してなかったけど、わたしって結構大胆なことしてたんだなぁ……)


 空を見上げて想いを馳せながら、リリィは悶える。

 星空を眺めるのだって、元々はマコトの趣味だ。

 原っぱに寝そべる彼を真似して、なんとなく隣に寝転がってみたら、思いの外気持ちが良かったので、今も続いている。

 とにかくはっきり言えるのは、いつ好きになったのかもわからないくらい、リリィは常にマコトと一緒にいたということだ。

 そんなだから、彼が隣にいない今、心にぽっかり穴が開いたような感覚になるのも無理はない。


(まあ、マコトくんを置いてきたのはわたし自身なんだけどね)


 魔王を倒す旅の果てで起きた事の詳細を、リリィは知らない。

 マコトが語ろうとしなかったから、リリィも深く追及はしなかった。

 けど、並々ならぬことがあったんだろうと思う。

 あの日。

 マコトがふらりと、一人でハイランドに帰ってきた時。

 彼はすべてを失っていた。

 最強の覚醒者としての力を、旅の仲間達を、勇者の称号を。

 ハルトフォード家で爪弾き者だった中、腕っ節や知恵を働かせて戦果を積み重ね、勝ち得た名誉を。


 そんな、抜け殻のような存在になった上、裏切り者と謗られても瞬き一つしなかった彼が、リリィと再会した時。

 安堵したような、申し訳ないような。

 今までに見たことのないくらい弱々しい顔で、溜め込んでいた感情を溢れさせるように涙を流して、リリィを抱き寄せたのだ。

 だから、これは自惚れかもしれないけど。

 マコトはきっと、わたしのために何か重大な決断をしたのだと、リリィは思う。


(もしそうなら、今度はわたしが、マコトのために頑張る番だ)


 そんな旅に、満身創痍の彼を連れていくことはできない。

 帰るべき場所で、わたしの唯一の居場所として、待っていてほしい。



 ひとしきり物思いに耽った後、リリィはブラシュタット軍の野営地へと戻った。


「ですから、将軍と会わせてください。魔軍について重大な報告が……!」

「駄目だと言っているだろう。誰かわからない女を、中に入れることはできない」


 入り口で、見張りの兵士と二人組の少女が、問答をしていた。


「何の騒ぎ?」

「ああ、これは勇者様。先ほどからこの者たちが、将軍に会わせろと言って騒がしく……」

「あの、リリィ様! 私たち、マコト様に頼まれてここに来たんです!」


 兵士が事情を説明しようとすると、それを遮るようにして、少女の一人が声を発した。


「あれ……きみ、マグナ・ハイランドの城でマコトのメイドをしていた子……?」

「あ、はい……! リリィ様、どうか私たちを中に入れてください。マコト様が危険なんです!」

「マコトくんが……?」


 なぜここに、マグナ・ハイランド勤めのメイドがいるのか分からない。

 隣にいる少女も、一体何者なのか。

 見張りの兵士は気づいていないようだが、雰囲気や言動からして、ブラシュタットの関係者だと察しがつく。

 何より、マコトが危ないと言われれば、無視できない。

 リリィは詳しい話を聞くために、二人を中に引き入れた。



◇◇◇◇◇


どうもりんどーです。

本日は一気に3話更新しようと思っています。

16時と19時に更新予定です。

本日中に第二章完結まで物語が進んでいきます。

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