第15話 奇襲

  かつて勇者として魔軍と戦っていたマコトは、レグルガの性格を把握していた。

 レグルガは自己保身に長けており、戦場に姿を現さない。

 一番安全な場所に身を隠し、確実に勝てると分かってから出てくるような性格だ。

 そのため逆に居場所が分かりやすい。

 レグルガは本陣を構える城の一番安全な部屋に潜んでいると、マコトは当たりをつけた。

 次に、レグルガは無類の女好きである。

 奴が竜王の下で権勢を奮っていた頃から、見た目の美しい女を捕らえて犯す、という悪評で有名だった。アリアに確認したところ、レグルガはブラシュタットでも、支配下に置いた地域から若い女を献上させているらしい。

 ならばその中に紛れ込めば、容易にレグルガの居場所まで入り込むことができる。

 マコトが取った作戦はこうだ。

 女の姿に変身して侵入し、奇襲によって先制する。

 とはいえ、マコトは男だ。普通に変装しただけでは、あっさり見破られてしまう。

 そこで侵入の際は、変身できる魔道具を使用した。

 これは神器級のレアアイテムで、古代の遺物だ。世に出回っている物ではない。勇者だった頃に魔軍の宝物庫から貰ってきた、戦利品の一つだ。



「があああ!!! 俺の、俺の……!!」


 変身を解いたマコトは、急所を両断され、絶叫するレグルガと相対する。

 結果として、奇襲はある程度成功した。

 理想は初撃で仕留めることだったが、今のマコトは四天王相手に一度で致命傷を与えるほど強力な攻撃を放つことができなかった。


(分かってはいたけど、僕も衰えたな……!)


 マコトは反撃される前に畳みかけようと剣を構え、レグルガの胴体を狙って横薙ぎに振るう。


「クソッ……てめえ、よくもおお!!」


 レグルガは痛みに悶えながらも、ベッドの脇に立て掛けられていた大剣を手に取ると、力任せに振り回した。

 大剣は、マコトの剣と激突しながら、火花を散らす。

 剣を持つマコトの腕に、強い衝撃が走る。

 マコトよりも遥かに巨大な肉体によって放たれた一撃には、強烈な力が込められていた。


(これは、受け止めきれないか……!)


 レグルガに力負けする形となったマコトは、後方に弾き飛ばされた。床に体を激しく打ち付けながら何度か転がったところで、なんとか受け身を取る。


「っ……」


 マコトは全身に鈍い痛みを感じながらも、ゆっくりと立ち上がる。

 レグルガも手負いで余裕がなかったのか、追撃はない。


「はっ! 正面から当たったらこんなもんか。先代勇者は力を失ったと聞いたが、どうやら本当らしいな」


 苦い表情のレグルガだが、少し冷静さを取り戻しつつあるようだ。

 マコトにとっては、都合が悪い。


「竜王の腰巾着だったお前が四天王とは、魔軍は人材不足らしいな」

「確かにお前のせいで魔軍は散々な目にあったが、そのおかげで俺は四天王になれた。しかも魔王様から実力を評価されて、新たな力まで授かったんだ」


 レグルガが得意げに語る。

 同時に、先ほど与えた傷が瞬く間に消えてしまった。

 超常的な力による、再生能力だ。 


「おかげでこの通り。どんな傷を負っても俺には無意味だ」

「……超再生か」


 超再生とは、勇者が神に与えられた七つの権能の内の一つだ。

 リリィに受け継がれるはずだった権能は、同じ肉体に宿るもう一つの人格である魔王によって掠め取られ、魔軍の幹部に配られていた。

 マコトが知っていたのは、そこまでだ。

 どの権能が誰の手に渡ったかまでは、把握していなかった。


(今の僕には……一番厄介な権能かもな)


 超再生は、あらゆる傷を瞬時に再生してしまう不死身にも近い最高クラスの治癒能力だ。

 威力が足りない分を手数で補おうにも、傷を重ねる前に再生されてしまえば無意味だ。


「さて、力の差を分からせてやろう。俺様にナメた真似をしたこと、後悔させてやる」


 レグルガは悠然と立ち上がると、大剣を上段に構え、大きく振りかぶりながら突進してきた。

 マコトの三、四倍ほどの巨躯が迫ってくると、さすがに威圧感はある。

 が、はっきり言って、隙だらけだ。

 ならば当然、マコトはその隙を突く。

 鈍重な振りの大剣を回避しながら間合いを詰め、剣を小さく強かに振るってレグルガの首を狙った。

 確かな手応え。

 レグルガの首が、胴から離れる。

 手数で押せないなら、一撃で仕留める。

 今度こそ、完全な致命傷のはずだった。


(なっ……!?)


 首から上がなくなったレグルガの胴体が、動いた。

 マコトは驚愕し、目を見開く。

 間合いを詰めるという行為は、諸刃の剣だ。

 相手を仕留めきることができれば有効だが、失敗すれば、逆に隙だらけになる。

 至近距離から放たれたレグルガの蹴りを、マコトは回避できなかった。

 鈍い音が体内に響くのを感じると同時、マコトは地下室の壁まで吹き飛ばされた。


「がはっ……!」


 肺の空気と一緒に、血が口から吐き出される。

 

(失敗したな……)


 マコトはその場に崩れ落ちるように腰を下ろしながら、壁にもたれかかる。

 この感じだと、骨だけでなく内臓までやられたかもしれない。

 レグルガに目を向けると、既に胴体から切断したはずの首が新たに生えてきた所だった。

 超再生の能力を、見誤った。

 原因は、マコトが勇者として権能を扱っていた頃、ほとんど傷を負う機会がなかったからだ。

 能力を試すにしても、首を跳ねるようなレベルの傷を自ら負うようなリスクの高い行為はしなかった。


(まさか、超再生がここまで万能だったとはな)


 その点、レグルガは超再生を使いこなしている。

 あえて隙を見せて敵の攻撃を誘うことで、逆に敵の隙を作って痛打を与える。

 まさに、肉を切らせて骨を断つ戦い方だ。

 本来、レグルガは自己保身に長けている性格なので、肉を切らせて骨を断つ的なリスクの高い戦術を取るのは意外だった。

 しかし権能を持ってすればこの程度、リスクですらないというわけだ。


「意気揚々と一人で俺の城に乗り込んできた割には呆気ないな、元勇者」


 超再生によって無傷になったレグルガが勝ち誇る。

 対するマコトは、重傷で動けない。

 退路はなく、奇襲は失敗した。


(……使うしかない、か)


 まだ、手はある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る