第14話 四天王になったオーク

 レグルガというオークがいる。

 オークは醜い容姿故に他の種族から蔑まれている上、知能の高い種族ではないため、人間との戦争でも雑兵以外の使い道がなく、魔軍の中でも役に立たない種族という位置づけだった。

 しかもレグルガは、そんなオークたちの中ですら、体格が小さい方だった。

 自然と、彼の心には劣等感ばかりが募っていくことになる。

 レグルガに変化が訪れたのは、人間でいう十代後半ごろ。

 その頃から、彼は他のオークとは明らかな違いが見え始めた。体格が肥大化し、知能が発達していく。

 オークでありながら、他のオークを遥かに上回る存在へと成長を遂げた。

 やがてレグルガの噂はオーク以外にも知れ渡り、彼は魔軍の一員に加わることとなる。

 所詮はオーク。

 当初の魔軍でのレグルガの扱いを端的に言い表すなら、その言葉が相応しかった。

 ただ普通より体格の大きいオーク程度の扱いでしかなく、他の種族の者からは相変わらず侮られていた。

 単純なオークなら、そこで怒って暴れて返り討ちに合うか、そもそも侮られている事実にすら気づかないだろう。

 しかしレグルガは、賢かった。

 憤ったり、他のオークを凌駕する知能をひけらかすことなく、周囲の認識通りに振る舞ったのだ。

 能ある鷹は爪を隠す。

 彼自身、オークであることを武器にしたのだ。

 普段は馬鹿なオークとして振る舞い、ここぞの場面で知恵を働かせる。

 レグルガは、かつて自分を馬鹿にしていた他種族のエリートたちを出し抜き、蹴落とし、魔軍の中での地位を少しずつ高めていった。

 やがて、彼を侮る者はいなくなった。

 だが彼に向けられるのは敬意ではなく、警戒や憎しみなどの念だった。

 五年前。

 レグルガは当時の四天王の一人、竜王バスケスの副官にまで上り詰める。

 バスケスは歴代の四天王でも最強格の男だったが、寡黙な性格であり、政治・軍事的な差配は部下任せで自ら取り仕切ることはあまりなかった。おかげでレグルガは、バスケスの下で密かに権力を蓄えることができた。竜王の名を使って兵を動かし、人間の領地を侵略し、その中で欲望を満たしていた。

 だが私欲を満たす日々は、すぐに終わりを告げることになる。

 一年前、竜王バスケスの前に、勇者マコト・ハルトフォードが現れ、バスケスを討伐した。その際にバスケスの居城にいた魔軍はほぼ掃討されたが、レグルガはうまく隠れてやり過ごすことができた。

 勇者一行が去った後。

 レグルガは、自らの玉座の前で倒れる竜王バスケスの様子を確認しにいった。

 首と胴体が両断され、どう見ても死んでいると思われた竜王だったが、その状態でもまだかろうじて息があった。

 レグルガはその時、千載一遇の好機を得たのだ。彼は、竜王の生き血を啜ると絶大な力を得ることが出来るという、竜王本人が限られた側近に対してのみ語っていた話を、よく覚えていた。

 竜王バスケスは、レグルガにとって不意打ちですらかすり傷一つ付けられない相手だ。その竜王が、瀕死で地べたに転がっている。

 その状況で狡猾な部下であるレグルガのやることは、一つだった。

 竜王バスケスの血を啜って強大な力を得た後、かろうじて再生をしようとするバスケスにとどめを刺した上で、落ちていた竜王の剣を手中に収める。

 一匹のオークには身に余る、より強大な力を得て、レグルガは再起を図るため竜王の城を離れた。

 レグルガが身を潜めている間に、魔軍の主要な面々は尽く勇者一行の前に敗れていった。

 結果、彼より上の地位にいた幹部連中がほぼ消えた。

 時を同じくして勇者が力を失い、勇者の仲間たちも死んだという噂が流れた頃。

 レグルガは再び姿を表し、半壊状態だった魔軍の中で幅を利かせ始めたのだ。



 そして、今。

 レグルガは、新たな四天王の一角にまで上り詰めていた。

 彼はブラシュタットという人間の国を侵攻する軍の大将だ。

 現在、ブラシュタットの首都であるミュールパント近くの城塞を本陣として拠点を構えている。元々、敵が守っていた場所だ。

 レグルガは城の中でも一番頑丈で広い地下室を、自らの居室としている。


「あー、やったやった」


 生臭い臭いが充満した、薄暗い部屋だ。

 レグルガは部屋に置かれた巨大なベッドにくつろいで座っている。

 側には、若い人間の少女がぐったりと横たわっていた。服は着ておらず、その体には粘り気のある体液が付着している。

 少女はブラシュタット国内の名家で育った令嬢だったらしい。

 高貴な生まれで、人々からもてはやされて育った女を、あらゆる者から侮られてきた自分が陵辱する。

 レグルガにとっては、何よりの楽しみだった。


「失礼いたします」

「入れ」

「はっ」


 行為の余韻に浸っていると、副官が報告のため部屋にやってきた。

 夜になって戦況が落ち着き、定時報告に来たのだろう。ここは地下なので、外の時間が分からない。

 副官の魔族は部屋に入り、一瞬顔をしかめた後、報告する。


「戦況は、圧倒的に不利です。今日も数万単位で兵が死んでおります。前線は大きく後退し、ミュールパントは遠ざかる一方です」


 ここ数日、報告の内容はどれも、自軍が不利になっている、といった内容ばかりだった。


「チッ……今日もあの新しい勇者とかいうのに好き放題暴れられたのか」


 レグルガは現在の戦況に対し、苛立っていた。

 つい最近までは圧倒的有利、ミュールパントも陥落寸前だったのに、新しい勇者が来てから戦況があっさり覆った。

 自分が手柄を上げる好機だったのに、その機会が手のひらからこぼれ落ちそうになっている。

 更にレグルガにとって都合が悪いのは、魔王様の命令で別の四天王が率いる軍がこちらに増援として向かっていることだ。

 その四天王は、かつて自分を馬鹿にしていたエリートの側に属する種族。

 以前から次期四天王などと目されていた程有力な男で、前の勇者が四天王のポストを根こそぎ空席にした後は、実際に四天王の地位に就いた男だ。

 成り上がり者のレグルガと違って、真っ当な経歴の持ち主で、対極の存在。

 そんな奴が、まるで自分の尻拭いをするとでも言うかのように向かってきている事実が、レグルガの苛立ちを加速させる要因となっていた。


「レグルガ様。あの勇者とかいう化物は、とても普通の兵では太刀打ちできません。ここは、四天王であるレグルガ様が打って出て、自ら手を下していただけると……」

「あれに対して正面から戦おうとするのは、誰であろうとただのバカだ」


 副官の提案を、レグルガは一蹴した。


「俺だって負けるつもりはないが、ただでは済まないだろう。もう一人、ここに四天王が増援として来るというなら、奴と共闘するのが確実な策だ」

「それまで我々はどうすれば……このままでは、軍が崩壊してしまいます」


 それらしいことを言うレグルガだが、詰まるところ、あんな理不尽の塊のような化物と、まともにやり合ったら死んでしまうというのが本音だった。

 だからレグルガとしては、自分以外の四天王と勇者を戦わせて、消耗したところをまとめて仕留め、手柄を独占したい。

 そのためには増援を待つ必要があるが、副官の懸念ももっともだ。 

 増援が来る前に自軍が崩壊していては元も子もない。


「とにかく、増援が来るまでは可能な限り勇者と戦うことを避けろ。周りの雑兵を狙うことを徹底して、奴を孤立させてしまえば、戦う理由もなくなるだろうしな」


 レグルガはため息混じりにそう指示を出してから、ベッド脇のテーブルに置かれたワインに口をつける。


「ただし、ここには絶対に来させるなよ。本陣に勇者の乱入を許せば、指揮系統が乱れて、他の雑兵にまで遅れを取ることになりかねんからな」

「……承知しました」


 副官はレグルガの物言いに思うところがある様子だったが、実際に何かを口にすることはなく、頭を下げた。

 ……指示を出していたら、また苛立ちが募ってきた。

 ここは、女を使って発散しよう。


「それよりも、今夜の「供物」は用意してあるんだろうな」

「ええ、もちろんでございます……おい、連れてこい」


 副官が合図すると、兵士が鎖に繋がれた新たな少女を連れてきた。

 下を向いており顔は見えないが、体つきは悪くない。


「こいつは代わりに回収していけ。もう壊れている」


 レグルガは連れてこられた少女を見て舌舐めずりしながら、傍らに横たわっていた女を投げ捨てて兵に渡した。


「しばらく人を近づけるな。事の最中に邪魔をしたら、お前の首が胴体から千切れると思え」

「かしこまりました」


 レグルガの命を受け、部下は下がっていく。

 重い地下室の扉が閉じられると、室内には静寂が訪れた。

 外の音が聞こえてこない、頑丈な造りの地下室だ。


「お前、顔を見せろ」


 レグルガは少女を見下ろし、命令する。

 少女は命に従い、顔を上げた。

 無表情だが、生気を失っていないのは良い点だ。手折り甲斐がある。

 おまけに、どことなく竜王の城で見た、勇者の仲間の女に似ているように見える。

 ……こういう趣向も、悪くない。

 レグルガの顔に、下品な笑みが浮かんだ。


「こっちに来て奉仕しろ」


 レグルガが下半身を少女に向かって差し出した、その時。

 視界の端に、何かが高速で過ぎった気がした。

 それが剣戟であるとレグルガが理解した時、下半身に激痛が走った。


「があああ!!! 俺の、俺の……!!」


 痛む場所を手で抑える。

 そこにあったはずのものがない。

 痛みに苦しみながら前を向くと、少女の姿が消えていた。

 より正確には、別人に変わっていた。魔法か何かで、姿を変えていたのだろう。

 今、目の前に立つのは、剣を手にした、青年の姿。

 見たことのある顔だ。

 忘れもしない。先代の勇者。

 マコト・ハルトフォードが、そこにいた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


あとがき


どうもりんどーです。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

今回は新登場した四天王、レグルガ視点の話でした。

本作はマコトが主人公ではあるものの、群像劇的な書き方をしているつもりなので、これまでも時々リリィ視点の話があったりしましたが、「読んでいて混乱した」という方はいたりするんでしょうか。

書き方を変えるつもりはないんですが、もしわかりにくいようなら注釈を入れたりするなど対応を取りたいと思っているので、コメントで教えていただけると嬉しいです。

ちなみに次回はマコト視点の話です。


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