第6話 まずはこの城から脱出しよう

「はぁ……はぁ……!」


 一瞬のやり取りの末に、マコトの体に重たい疲労が押し寄せる。

 これはかつて師匠から習った奥義の一つだが、使用したのは初めてだ。

 昔、自分が最強だった時は使う機会がないものだと、忘れかけていたこともあった。

 かつてのマコトは、複雑で負担のかかる手段で相手を真似しなくても、初めから自分の方が強かったのだから当然だ。

 単純に、自分の技を振るっていれば、敵は倒せるものだった。


(さて、決闘には勝ったが……)


 では、何を得たかと聞かれれば、何もない。

 むしろ、さらに立場が悪くなったとすら言えるだろう。

 フォルランはハルトフォード内でも有力な家の嫡男だ。

 本人は自分を殺しても不問にすると言っていたが、死人に口無し。

 

(どうせ難癖をつけられるのが目に見えて……っ!?)


 殺気を感じたマコトは咄嗟に身構えたが、受け止めるので精一杯だった。

 

「魔王の手先め、よくもフォルラン様を!」


 立会人を務めていたフォルランの騎士が、剣を抜いて襲いかかってきた。

 マコトは攻撃を剣で受け止め、鍔迫り合いに持ち込もうとするが、先程の決闘で疲労していたこともあり、勢いに負けてよろめいてしまう。


「誰か来てくれ! 裏切り者が本性を現したぞ!」


 騎士は叫んで衛兵を呼びながら、マコトを組み伏せるような形を取る。

 優位な体勢を取ったまま、競り合った状態の剣をそのままマコトの首元まで押し込むべく、体重を乗せて力を入れる。


「くっ……!」


 ……この状況は、さすがにまずい。

 マコトにはもう、なけなしの魔力を使った小細工も、フォルランとの戦いで見せたような、魔力に頼らない奥義の類も使う体力が残っていない。

 このままでは、押し切られてしまう。


 危機に陥る中、マコトは目の前の状況を解決することではなく、別のことを考えていた。

 これも、自分を慕ってくれた仲間たちや、その弟を殺した罰だろうか、と。

 裏切り者という謗りは、彼らにとっては紛れもない事実だ。

 世界や仲間、家族のために戦った彼らが死んで、マコトだけがのうのうと生き延びているというのは、理不尽な話だ。

 このまま、剣を受け入れて報いを受けるべきなんだろうかと、マコトは考える。

 

「ははっ……」

「何を笑う!」


 考えて、出てきたのは乾いた笑い声。

 対照的に、頭上の騎士は激昂する。


「僕は、今更何を悩んでいるんだろうな……と思ってな」


 そう、今更後戻りすることなどできないし、まともな人間のような悩みを持つことなんて、許されない。

 今更誰かに許しを乞う必要もない。

 初めから僕はこういう人間だったのだと、マコトは理解する。

 あの日。仲間を殺し、使命を捨てて世界を諦めたあの時から、マコト・ハルトフォードの進むべき道は決まっていた。

 他のあらゆる全てを犠牲にしても、リリィ・シトロエンを救う。

 そして、リリィの隣という、自分の唯一の居場所を手に入れる。

 そのためなら、どんなエゴだって押し通すし、誰だって利用する。

 マコト・ハルトフォードとは、元来そういう人間だ。


「ニコラ……! 助けてくれ!」


 決闘を見届けていたかつての専属メイドに、マコトは目を向ける。

 家中で孤立していた自分にも仕えようとしてくれた彼女なら、利用できる。

 呆然とその場に立ち尽くしていたニコラだったが、マコトに呼び掛けられると、ハッと我に返った様子を見せた。


「ふん、無様だな! メイドに助けを求めるなど! おいメイド、お前も魔王の手先と見做されたくなければ、そこで大人しくしていろ!」

「頼む、ニコラ……このままだと……!」

 

 追い詰められ、懇願するマコトを見て、ニコラが動いた。


「え、ええいっ!」


 ニコラはその場に落ちていたフォルランの剣を掴むと、細腕で引きずるように持ちながら騎士に接近して、振り上げようとした。


「貴様、血迷ったか!」


 騎士はニコラを一瞥した。

 鈍重な動きでなんとか持ち上げられた剣を、片手で軽く払いのける。

 最小限の対応だったが、マコトを組み伏せる力がわずかに緩む。

 かつての最強は、その一瞬を逃さなかった。

 マコトは剣から片手を離すと、懐から魔道具である起爆札を取り出して、騎士の首元に押し当てた。


「バースト」


 指向性を持った爆発が、騎士を襲う。

 小さく弾けるような爆発音とともに、騎士の首から上が吹き飛んだ。

 生温い返り血が至近距離から降り注ぐ中、力を失った体が、マコトの上に覆い被さる。

 経験を活かした立ち回りと、状況に応じた小細工。

 それこそが、真正面から戦う力を失ったマコトの武器だ。


「ひっ……!」


 グロテスクな光景を前にして、ニコラが怯えた様子で固まっていた。


「……ありがとう。君のおかげで助かった」

「それは……何よりです」


 マコトが返り血を拭いながら礼を言うと、ニコラは戸惑いながらも頭を下げた。

 廊下の向こうから、複数の足音が聞こえてくる。城の衛兵がこちらに近づいている音だ。


(……いよいよここにはいられなくなるな)


 未練はない。行き先と目的ははっきりしている。

 リリィの元に行って、どうにかして魔王だけを殺すことだ。


「じゃあ、僕は行く。衛兵には、この状況は全部マコト・ハルトフォードの仕業だと言っておけば、君は助かるだろう」

「待ってください! 私も連れて行ってください。マコト様の力になりたいんです」


 ニコラが呼び止めてきた。

 彼女は以前から献身的に接してくれていたが、この状況でも同行しようとするとは、意外だった。

 勇者としてのマコトに憧れを持っている……とかだろうか。

 マコトはこの先、自分が逃亡者になると認識した上で、足手纏いになる可能性と、利用価値とで天秤に掛ける。

 実際、一人だと厳しい状況もあった。

 彼女は自分に対して、盲目的に仕えてくれる節がある。

 ……近くに置いておけば、また役に立つかもしれない。


「いいだろう、一緒に来るんだ。まずはこの城から脱出しよう」


 今の自分は弱い。

 もう一人くらい頭数がいた方が、安全だろう。

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