第5話 元最強なんて肩書きは、損するだけだな
マコト・ハルトフォードは魔王に与する裏切り者だ。
故に、処分すべきだ。
そんな主張をしているのは、フォルランだけではない。
決闘などという強硬的で直接的な手段に訴えるのは彼くらいだが……遅かれ早かれ、マグナ・ハイランドにいられない状況になるのは分かっていた。
それが今だった、というだけの話だ。
加えて、彼の姉であるプリシラを殺したのも事実。
あの時、リリィのために取った選択を、後悔はしていない。
けど、負い目はあった。罪を犯したという自覚はあった。
……だから僕は、その罪と向き合う必要がある。
そうしてマコトは、決闘を受けることにした。
相手は一騎当千である覚醒者の一人、フォルラン。
ちょっと腕に自信のある程度では、到底太刀打ちできない相手だ。
マコトのように魔力を持たない雑兵では、まともに当たれば束になっても軽くあしらわれることだろう。
(もちろん負けるつもりはないけど……その時はその時だな)
我ながらやけになっているかもしれない、とマコトは思う。
〇
マコトとニコラ、フォルランと側仕えの騎士の四人は、決闘のため庭へと移動した。
当事者であるマコトとフォルランと、側仕えの騎士が立会人を務める。ニコラはマコトのことを心配し、成り行きを見守るつもりらしい。
「決闘は一対一で行われます。持ち込んだ武器と己の能力の範囲であれば、手段は問われません。勝敗は一方がもう一方の命を奪うか、どちらかが投了することでのみ決定します。両者、承諾をお願いします」
側仕えの騎士がルールを説明し、抜剣した状態で向き合うマコトとフォルランに投げかける。
「ああ、それで問題ない」
「私も承知した」
「では両者は、この決闘に何を賭けるか。宣言を」
騎士はまず、フォルランの方を見た。
「お前が勝てば、私や私の家から、今回の罪を問うことは二度とない。私の命を奪ったことについても同様だ」
「君が勝った場合は、僕の罪が認められる。君が僕を殺した場合でも、その罪をハルトフォード家に咎められることはない。その行為は正当な裁きとなる……で問題ないか?」
「ああ、いいだろう。もっとも、私がお前を殺したところで、咎める者などいないだろうがな」
侮蔑的に笑うフォルランは、既に勝利したかのように上機嫌だ。
ずっと憎かったマコトを自らの手で正当に討つ機会を得て、昂揚している。
実際、この戦いはフォルランが圧倒的に有利だと、誰が見ても思うだろう。
人間は誰もが魔力を体内に宿しているが、自身の魔力を制御し、魔法を使うことができるのはわずか一割程度とされている。しかも魔法が使える一割の優秀な人間ですら、自身の持つ魔力を十分に使い切ることはできておらず、大半の魔力を体内で余らせていると言われている。
覚醒者とは、そうした潜在的な魔力を自在に活用できるようになった、常人の域を超えた人間だ。
覚醒者は特に、魔力を身体能力に変換することに長けている。
自身に宿る膨大な魔力を行使して膂力を爆発的に高める、超人的な戦闘を可能にする。
また、適性に個人差はあるものの、魔力を十全に扱えるため、通常の魔法使いよりも扱える魔法の範囲や威力が段違いとされている。
戦場においては単騎で状況を覆すことが可能で、戦術レベルではなく戦略レベルでの影響力を持っている。
国家や名家同士の戦争においては、自陣営に相手よりどれだけ多く、優秀な覚醒者を抱えているかで、勝敗が決すると言われているほどだ。
ハルトフォードは、最古の覚醒者アビゲイルや世界最強戦力のリリィ・シトロエンを筆頭に、他国のどこよりも多くの覚醒者を有し、大陸で最大の勢力となった。
フォルランは、ハルトフォードに属する覚醒者の一人だ。
マコトもかつては、覚醒者だった。
勇者としての役目を果たせず、魔力を失うまでは。
覚醒者と、人間なら誰もが持っているはずの魔力を失った男。
どちらが勝つかと百人に問えば、百人が前者だと答えるだろう。
「では、開始!」
側仕えの騎士が合図すると、フォルランが動いた。
両手に構える長剣を、俊敏な動きで大きく横薙ぎに振り払う。
マコトには剣の届かない、離れた間合いからの一撃。
しかし魔力が載せられたその一撃は、飛来する斬撃となってマコトに襲いかかる。
(意外と冷静だな……!)
マコトはそう分析しながら、左眼を見開いた。
視界に迫る飛ぶ斬撃が、消失する。
打ち消しの魔眼。
視界に入れた攻撃を無力化できる魔眼で、絶対的な防御力を持つ。一子相伝の秘奥で、現在この大陸で使えるのはマコトだけだ。
「今のうちに降参した方がいい。でないと死ぬぞ」
「一撃凌いだ程度でいい気になるなよ……! 昔のお前ならいざ知らず、今のお前に同じ芸当が何回できる? それは魔眼の類なのだろう。だとすれば、連発できるほどお前に魔力があるとは思えないがな」
フォルランの見立ては、間違っていない。
今のマコトが打ち消しの魔眼を使えるのは、せいぜい日に一度だけ。
しかもこれを使ったら、他の魔法を使う余裕が残らないほど、マコトの魔力は微弱だった。
一方のフォルランは、マコトの戦力を正しく分析していながら、油断がない。
(……元最強なんて肩書きは、損するだけだな)
今がどうあれ、かつてのマコトはリリィと並び立つほどの強力な覚醒者だった。
それを分かっているから、口先では侮蔑的な態度を取っていたフォルランも、いざ剣を抜いたら気を緩めてくれない。
(偉そうなだけじゃなく、実際強いから厄介だ)
フォルランの気配が研ぎ澄まされていくのを、マコトは肌で感じる。
同時に、マコト自身の中にも湧き上がってくるものを感じていた。
……久々の感覚。
自分の命を脅かすような強敵を前にした時の、身体中が煮えたぎるような熱さ。
「死ね、マコト・ハルトフォード!」
張り詰めた空気が最高潮に達した時、フォルランが動いた。
覚醒者の膂力を最大限に活かした、真正面からの突進。
素直な動きだが、とにかく速い。
技が無力化されるなら接近戦を仕掛け、身体能力の差で圧倒しようという魂胆が窺える。
(さすがに速いな……!)
そして、その動きは本来、魔力で身体能力が強化されていない常人の視界に捉えられる領域の速度ではない。
だがマコトには、踏み出す足の一歩一歩、剣を振る腕や僅かな視線の移動に至るまで、鮮明に把握できていた。
今のマコトは魔力をほとんど持たない常人だ。
故に通常なら、覚醒者による本気の突進など、認識する前に五体がばらばらになっている。
ならば、どうするか。
話は単純だ。
常人でなくなってしまえばいい。
マコトが使用しているのは一種の自己暗示。その究極だ。
自分が対峙する相手よりも強いと暗示をかけることで、瞬間的にではあるが、実際に相手を上回る力を発揮することができる、秘奥義だとか禁忌とか言われるような次元の技だ。
どんな強敵だろうが、そいつより強くなればいい。
そんな、子供でも分かる理屈を、マコトは実演している。
もちろん、誰にでも体得できる術ではない。相手の力量を完全に把握する必要があったり、その他にも色々な制約や条件が要求される。
だが、今のマコトは、それらの制約や条件を、すべてクリアしていた。
覚醒者を上回る速度で、マコトは動く。
フォルランの剣が、さっきまでマコトが立っていた場所を、空振りした。
「消え、た……?」
フォルランがそう認識した時には、全てが終わっていた。
マコトは、従兄弟だったものの後ろに立っていて。
フォルランの体は、腰の辺りで真っ二つに切られ、上半身が地べたに落ちた。
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