第4話 裏切り者としての扱い
リリィ率いる勇者一行が旅立ってから、一週間が経過した。
マコトは変わらずマグナ・ハイランドにいて、特に何も任されていない居候状態だ。
本来なら、大陸屈指の名家であるハルトフォード家の男子ともなれば、基本的には要職を任される。
政治なり軍事なりを取り仕切り、家に尽くすことが求められる。
だがマコトは側室の子である三男。それだけで、重要な地位に就けない理由としては充分だ。
かつては人並み外れた力を持ち、特記戦力的な扱いを受けて前線で戦い、多大なる戦果をハルトフォード家にもたらしてきた。
勇者に選定されてからは、それなりに持て囃された上で、魔王を倒すという使命を背負い、旅に出たりもした。
しかし魔王に破れ、力を失い、裏切り者とまで噂されるようになったマコトにもはや直接的な利用価値は薄い。
跡目争いとも無縁なマコトにすり寄ってくる人間などいないし、ずっと最前線で戦っていたか、旅をして過ごしてきたから、家中に人脈などもない。
それでも放逐されたりしないのは……結局、リリィが新たな勇者になったからだ。
自国民に勇者を抱えている、というのは名家にとって大きな意味を持つ。
他家に対して、大きな影響力を持つことができるからだ。
「ウチの勇者があなたの国を救うために、迫りくる魔王の軍勢を討ち払いますよ」なんて大義名分のもと、軍事的に介入することができるのだから。
過去の歴史上、必ずしも勇者がそういう、政治的な扱い方をされてきたわけではないが、ことハルトフォードの現当主にかかれば、最大限自家のために有効活用するに決まっている。
他でもない、かつての自分がそうだったのだから、マコトには断言できる。
それでなくとも、リリィは元から、世界最強といっていい戦力なのだ。
同じように称されていたマコトに対しては無敗だし、むしろリリィの方が強いと見るのが妥当だろう。(マコトが本気を出せなかったという、本人しか知らない情報を加味しなければ)。
リリィは、個でありながらその辺の国一つ分の軍隊など軽く捻るくらいの力は持っている。そして、その手の人間離れした芸当をできる魔物やドラゴンすらも、同様に軽く捻ることができてしまうのだ。
そんな圧倒的最強戦力を自国のものとして利用し、縛っておく。
現在、マコトがこの家で飼い殺しにされている価値は、その一点に尽きる。
ハルトフォード家の当主は冷酷で強かな男だが、人の情にも理解を示し、その上で巧みに利用する。
そんな奴だから、マコトとリリィの仲くらい、当然昔から把握している。
だからマコトがどれだけ裏切り者だとか魔王と通じているとか疑われても、処刑したり追放するようなことはなかった。リリィの反感を買うのは得策ではないと、ハルトフォードの当主は計算しているのだ。
周囲もその意向を察して、マコトを蔑みはすれど、放逐するために直接的な行動を起こそうという気配はなかった。
……もっとも、それはマコトがリリィから戦力外通告を受ける前の話だ
あれ以来、家中の大半から、マコトはリリィを縛っておくだけの価値すらない。だから適切な扱いをしていい、と見なされつつあるらしい。
適切とはつまり、側室の子で、役立たずで、魔王に敗れて力を失った裏切り者としての扱いだ。
〇
リリィが旅立ってから一週間後。
すっかり日が登りきった、昼近くに起床した日のことだった。
マコトは広い屋敷の片隅にある部屋を出ると、朝食を取るために厨房へと向かって長い廊下を歩いていた。
ハルトフォードの姓を持つ人間ではあるが、今のマコトには食事を部屋に運んできたり身の回りの世話をしてくれる専属のメイドは一人もいない。
自分のことは自分でやる。
多くの平民にとっては当たり前のことかもしれないが、この無駄に広い屋敷で自活するとなると、相応に手間がかかる。
……いい加減、ここを出た方がいくらか生きやすくなるかもしれない。
マコトの脳内で、そんな考えが現実的な選択肢として持ち上がってきたその時。
「お前、それをどこへ持っていくつもりだ」
まだ若いが威風のある男の声が、廊下を曲がった先から響いてきた。
誰かを問い詰めているらしい。
「これは、マコト様にお食事をお持ちしようと……」
「あいつにそんな世話を焼く必要はない」
「そうだ。奴は魔王に与する裏切り者、情けなど不要である」
どうやら、男は二人組らしい。
問い詰められているのは、か細い少女の声。
「で、ですが……マコト様はお優しい方です……! 確かに、使命を果たすことはできなかったかもしれませんが……大陸の人々のため、多くの敵と戦い、たくさんの命を救ったのも事実で……きゃっ!?」
短い悲鳴。
同時にガシャン、と食器が床に落ちるような金属音が聞こえてくる。
マコトは止めていた足を、音の先へ向けて動かす。
「フォルラン様に対し無礼であろう!」
「メイド風情が、この私に意見するだけでも罪深いが……あまつさえ、あれの肩を持つとはな。裏切り者に荷担すれば、同罪と見なされるぞ」
マコトが廊下を曲がった先にいたのは、いずれも見知った顔だった。
一人はハルトフォードの親族で、マコトの従兄弟に当たる青年フォルラン。直系の一族ではないものの、将来を嘱望されており、若くして頭角を現している男だ。
隣の男は詳しくは知らないが、フォルランの側に仕える騎士だ。きっと彼も優秀な人間なのだろう。
そして彼らの足元、食事と皿が散乱する床に座り込み、頬を片手で押さえるメイドの姿があった。
彼女の名はニコラ。かつてはマコトの専属メイドであった少女で、裏切り者として帰ってきた後も、何かとマコトのことを気にかける、数少ない存在だ。
「マコト様は……裏切り者などでは……!」
「貴様、まだ口答えするか!」
ニコラに対し、お付きの騎士が暴力を振るおうとしていた。
「その辺にしておけ。騎士が非力なメイドを痛め付けて、恥ずかしくないのか」
「おやおや、これはこれは。ハルトフォード本家の三男坊、マコト様。片隅の物置部屋で暮らす貴方が騎士に命令とは、大層なご身分で」
お付きの騎士は手を止めて、マコトにわざとらしく頭を下げながら、たっぷりの皮肉を浴びせる。
「これは痛め付けているのではない。出来の悪いメイドを、躾ていたところだ。ハルトフォード家の人間としてふさわしい教育を受けていれば、その程度のことは理解できるはずなのだがな」
それはマコトが家中で疎んじられ、名家の人間としての教育を受けてこなかったと知った上での発言だ。
要するにフォルランが口にしているのも、皮肉。
表だって罵詈雑言を浴びせてこないのは、マコトが曲がりなりにも、ハルトフォードの人間だからだ。
マコト自身はともかくとして、「ハルトフォード」にあからさまな無礼な働いた、というのは名家の人間として体裁が悪いというわけだ。
だとしてもフォルランは、マコトのことを嫌っている。いや、憎んでいる。
だから矛先は、自然とマコト本人に向いた。
「いいか、このメイドは魔王に下った裏切り者に対し、餌を与えようとしたのだ。その事の重大さを、理解せずにな」
餌、という言いようにも、マコトが揺らぐことはない。
こうした扱いは、今や慣れきっていた。
「だが、彼女は君の家のメイドじゃないだろう。だったら、教育は君の仕事じゃない」
「ふん、まるでお前がこの家の一員であるかのような物言いだな」
側仕えの騎士が、口を挟んでくる。
フォルランがそれを諌めることはなく、むしろ笑みをこぼした。
「裏切り者には分からない理屈かもしれないが……人間が魔王に協力するなど、本来あってはならないことなのだ。だがこのメイドは、あろうことか自分の所業の愚かしさを理解していない。しかし、分かった上での行いではないのなら、まだ救いようはある。他家のメイドに口出しするのが筋違いだというのなら、私は善良な人間として、一人の少女が過ちを犯すのを止めよう」
フォルランはニコラを見下して、続ける。
「己の過ちを自覚したのなら、金輪際この男と関わるのはやめるのだ。職を失いたくないのなら、尚更な」
なるほど、こうして圧力をかけて、ニコラが自発的に僕を裏切る選択をするように仕向けているわけか、とマコトは理解する。
ニコラを見ると、怯えた様子で答えに窮していた。
「結局は、僕が気に食わないだけだろ。こんな回りくどいやり方をしなくても、文句なら直接受け付けるけど」
フォルランから向けられる憎悪の眼差し。
これまで保っていた最低限の体裁が、かなぐり捨てられた。
「……では言わせてもらう。魔王に敗れて、力を失って、それでも自分だけ生きていましただと? そんな話がまかり通るとでも思ったのか? お前は姉上を見殺しにして、おめおめと逃げ帰ってきただけじゃないのか! 魔王に寝返って力を差し出した上に、姉上や他の仲間を見捨てたんだろう! お前が殺したも同然だ!」
フォルランの言う姉上とは、かつて勇者であったマコトと旅をした、プリシラのことだ。
フォルランは、自分の姉が、マコトのせいで死んだと思い、恨んでいる。
「マコト様は、そのような方では……!?」
庇うような発言をしようとしたニコラを、マコトは制する。
「悪いけど、少し下がっていてくれ。僕なんかを庇って、立場を悪くしない方がいい。僕は君が思うような善人じゃないんだ」
「ふん。それはつまり、罪を認めるということか?」
フォルランの問いに、マコトはうなずいた。
「ああ……そうだな。魔王に寝返ったかはともかくとして……僕はお前の姉であるプリシラを殺した。それは、間違ってない」
「マコト・ハルトフォード、お前に決闘を申し込む。お前に裁判は必要ない……この場で私が切り捨ててくれる! 裏切り者のような卑劣な手段ではなく、貴族の作法に則ってな!」
激昂したフォルランが剣を抜き、その先をマコトへ向けた。
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