5.多幸
自己に絶望してしまった私だけれど、普通を演じる旅を終えることはしなかった。
そちらが明らかに向いていないことなど、とうに分かり切っているのに。
人生の舵をきることに疲れたのか、自らがどうなっても構わないという破滅願望ゆえか。
それとも、「間違い」だらけの私なのだから、それ相応に腐った道を行くべきだという自らへの罰のつもりか。
あるいは心のどこかでは、普通ではない自分をなおも否定し、自分も斯く在れるのだと信じていたのかもしれなかった。
何にせよ、家族の意見や高校の方針から、直に私は上位の大学を第一志望に据えて受験することが決まった。
今の時代取り敢えず大学に行かねば、というありがたくも投げやりな言葉に同調し、私の勉強漬けの一年が幕を開けた。
受験に合格するかどうかは私の関心ごとではなかったが、意外なことに受験生という立場は私にささやかな幸福を与えてくれた。
同学年がこぞって勉学に励む時期、己の将来を懸けて挑むこの機会というのは、驚くほど私に都合が良い。
この場合、何よりも優先して勉強に打ち込むことが普通で、正しい行いだった。
他者との語らいも、社会へ視線を向けることも、この時だけは必要なかった。
ひたすらに、真面目に、知識を詰め込んでいれば、それだけで周りは賞賛してくれる、認めてくれるのだ。
私にとってそれは、麻薬のようなものだった。
辛いことも、「間違っている」ことも忘れさせてくれる、魔法のようなものだった。
ペンを走らせ、文字を読み、記憶を定着させるための作業を経て、やがて試験本番を迎えた。
大学受験というのは、おおよそ第一志望の他にも試験を受けるものだが、私はそのいずれにおいても緊張することはなかった。
言葉を発することに比べたら、この世の全てのことは苦痛でも何でもないように思えた。
むしろその時の私は、普通の者たちと同じ土俵で平等に試されることに、ある種の高揚を感じていたと思う。
結果として受験したほぼ全ての大学に合格しており、私は次の春から第一志望の大学へ通うことになった。
そして我が家では、私の合格を祝してちょっとしたパーティーが開かれた。
賑やかな会。賞賛の言葉。
普通ならどれも喜ぶべきことなのだろうが、申し訳ないことに私は欠片も嬉しく思うことができなかった。
「よかったね、あんた! 春から大学生だ」
親の歓喜に、私はすっかり甘美な夢から醒めてしまっていて。
私を守ってくれる、感覚も思考も掻き消してくれるあの時間はもう帰ってこないのだと、事実という刃を突き付けられた。
ここは終わりではない。新たな始まりに過ぎないのだと。
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