2.腐敗
中学生になる頃には、私は自身の「間違い」というものを明確に認めざるを得なくなっており、それに対し並々ならぬ敵意を感じていた。
どうして他と違っているのか。どうして普通にさせてくれないのか。
傍から見ればささやかな違い、大したことない害だと見なされるのかもしれないが。
私のうちに蔓延るそれは、私の心を支配し続けた。
中学校には、私の知り合いはほとんどいなかった。
慣れない環境で、顔も名前も知らぬ者たちに囲まれていた。
それに気づいたとき、私はまるで暗闇の中に一人取り残されたかのような絶望を感じた。
小学生の時、私にはどのようにして周囲と会話していたのか。どのように人と関わり、どのように友となっていたのか。
何一つイメージできなかった。
かつての無垢な自分と違って、「間違い」を自覚した私には、もはや普通にそれらをこなすことができなくなっていた。
私の抱えるものが周囲に伝わってしまうことへの恐怖、ただそれだけでいっぱいだった。
かなり困窮していたけれど、かといって、誰かを頼りにするという選択肢もなかった。
私がこうなってしまったことの機序、それを説明することは何よりも堪えがたい屈辱のように感じられた。
私は賑わいをみせる教室の中で沈黙した。
私の自尊心は、私の「間違い」を心に磔にすることを選んだようだ。
ところで、人は他と異なる者を目にした時、それから身を離したり、あるいは攻撃したりする生き物だと思う。
私の新たなクラスメイト達も、その例には漏れなかった。
季節が移ろう間もなく、私は周囲から孤立した。
多くの者は私に対して特に何かをしたというわけではないが、ものを言わない私の態度はある人にとっては苛立ちを感じさせたのかもしれない。
教科書を隠されたり、上履きを隠されたり、椅子を後ろから引かれたり、喋らないことを罵られたり。
周囲の目を避けて行われた中途半端な嫌がらせは卒業まで続いた。
被害を受けたことを騒ぎ立てることもできたかもしれないが、私はそれでも沈黙を続けた。誰にも助けを求めなかった。
別に、耐えられることだし。普通じゃない私にも非はあるのだし。そんな風に思って。
とにかく私にとってそれは、「間違い」を起こすリスクを背負ってまで咎めるべきことではなかった。
私が意識を払っていたのは、他のあらゆる他人に対し、私の「間違い」が露見してしまわないようにすることだけ。
それだけで私は満足だった。それだけで私は平穏に暮らせると思っていた。
けれど、それは正しい行いではなかったようだ。
私は重大な勘違いをしていたのだ。
いくら「間違い」を隠そうとも、生きている以上その時は訪れることを。
そして世界というのは、得てして普通の者たちの手によって作られており、普通の者たちに対して開かれていることを。
要は私のしている沈黙というのは、思考停止に過ぎなかった。
事実から目を背けているだけで、未来へ進むための選択を避けているだけだった。
義務教育を終えた先は、就職か進学かに道が分かれる。
しかしこの片方の道というのは、暗く険しい無謀な道だった。普通ならば選ばない道だった。
それでも沈黙している私は、当然のように普通の道を選ぶことになる。
「間違い」を隠し続けている私の姿は、家族やら教師から見れば、少し大人しい普通の子なのだから。
本当は私自身そうなのかもしれないけれど。自分を身勝手に貶めているだけなのかもしれないけれど。
どうしても見つめ直すことはできなかった。
普通への道筋をなぞる周囲の手を止めて、進路を変更することなどできなかった。
それに「間違っている」者に開かれている道など、果たしてこの世界に存在しているのだろうか。
疑念と諦念のまま、私は普通を演じる道を選んだ。
そして私は自覚することになる。
沈黙と隠蔽の歴史は、気づかないうちに私を消耗させてしまっていたことに。
私が甘んじて受け入れていた傷や恥は、私の心を腐敗させてしまっていたことに。
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