33.速報 ♡ 真の実力 → 全滅

「馬鹿な、ありえんッ……!」

 

 空飛ぶ巨大な飛空艇ひくうてい甲板かんぱんの上で。

 枢機卿が冷や汗を全身に滲ませながらブツブツと呟いていた。

 

「地下闘技の王である狂戦士によって、延々えんえんと繰り出された大地をも砕く拳に耐え――小国をも滅する威力の爆発にびくともせず――決して他種族になびくことのない自尊心の高い黄金龍を下僕ペットと化し――一体いったいお前はなんなんだ……魔王にしたって非常識がすぎる……ッ!」

 

 そこで一瞬。

 苦悶に歪んでいた枢機卿の表情に〝光〟がともった。


「ハッ! そうだ、聖女様はどうなったッ⁉ 聖女様をさらいに向かわせた部隊は、我が聖教国軍が誇る【エリート戦士】のりすぐり……! たった一個師団で〝国〟をも相手どれる精鋭の戦士たちだッ!」


 枢機卿は冷や汗を拭いながらも、安堵したかのように片方の頬を上げてつづける。


「こうなれば予定は変更だッ! 報復戦争としての言い訳はもう要らん。とっとと連れ戻した聖女様を使い【古代聖兵器ラピトス】を起動させよッ!」


『す、枢機卿殿っ……!』


 そこで兵士のひとりが後方から駆け込んできて言った。


「どうしたッ」

『たった今、聖女様を連れ戻しに向かった【特別部隊】から連絡があったのですが……ぜ、したとのことです――!』

「ナ、ナアッ⁉」

 

 枢機卿が思い切り目をむいた。


「ぜ、全滅だと……ッ⁉」


 

     ♡ ♡ ♡


 

 時はすこしさかのぼって。

 残った聖女と淫魔のもとに、くだんの【特別部隊】が訪れていた。


「悪いが、聖女様をこっちによこしてもらうぜ?」

 

 部隊を率いた隊長格である長身の男が言った。


「ん――それは、できない」

 

 淫魔は聖女をかくまうようにして、兵士たちの前に立ちふさがる。

 

「魔王さまと、やくそくしたから」


 淫魔はちらりと聖女のほうを見て付け足す。


「ほんとうは、べつにモエネがどうなったってかまわないけど」

「ちょ、ちょっと! クウルスさん⁉」

「ん――冗談。冗談じゃないけど」


 と冗談めかして淫魔は口角をわずかにあげる。


「とにかく。私にとって魔王さまとの約束は。そのためなら、私はこの身のすべてを差しだしても――この子を、まもる」

 

「ひゃははははっ!」


 と隊長格の男は耳障みみざわりな笑い声をだした。


「残念だが――その約束は守られることはなさそうだな。なんてったって俺たちは、聖教国が誇る無敵の特別部隊。魔族の分際で聖女様をどうしてかばうかは知らねえが……あいにくこっちは一国いっこくをも相手取れる戦力だ。それに比べ、てめえはたったの。万に一つ、いんや――億がひとつにも勝算はねえ!」

 

「…………」


 淫魔はなにも言わずに無愛想な表情を向けている。

 

「ひゃは――悪いことはいわねえ。痛い目に逢う前にとっとと降参して聖女様を渡すんだな。そうすりゃ命までは奪うこたあしねえよ」

 

 ニヤニヤとしながらそう告げる部隊長ぶたいちょうに向かって。

 淫魔はひとつのひるみもみせない声で言った。

 

「ん――それは、こっちのセリフ」

「……は?」

「私が魔王さまと約束したのは、あくまで聖女をまもること。諦めてなにもせずに引きかえすなら――私は命まではうばわない」


 部隊長はこめかみをひくつかせて顔を歪めた。

 

「ひゃはっ! 巫山戯ふざけたことをぬかしやがる。どうやら加減はしなくてよさそうだ――てめえら、やっちまえっ!」


『『おおおおおおっ――‼』』

 

 部隊長の指示どおり。

 相手が〝たったのひとり〟であろうと容赦なく、特別部隊の兵士たちは淫魔へと向かっていった。


「あ、あなたたち、おやめなさいっ! このお方は敵ではありませんわっ!」

「わりいな、聖女様。噂じゃ魔族に〝洗脳〟されちまってるんだろ? なあに、すぐに目を覚まさせてやるよ。この忌々しい魔族の命を刈り取ったあとにな……!」

「い、いやあああああっ」

 

 聖女が首を振りながら叫ぶ中で。

 淫魔はとつとつと――語りはじめた。


「ん――さいしょは、魔王さまと約束した。〝暴力は使わない〟って――でも、いまはちがう。魔王様は、その約束を破棄して、私にをくれた」

「……あん?」


 部隊長が眉をしかめる。

 武器を掲げる兵士たちは、もうあと一歩のところまで迫っていた。


 しかし淫魔はひとつの焦りも見せずにつづける。

 

「だから。いまの私は――どんな暴力ちからだって、つかえる」

 

 淫魔はそこで空に向かって手を伸ばした。

 

「てめえ、なにする気だ? ヒャハ――まあいい。どんだけてめえが足掻こうが、俺たちには勝て――」

 

 その瞬間。

 世界が言葉通り、した気配があった。


「ん――」

 

 淫魔が手を掲げた先には。

 漆黒の巨大な〝穴〟のようなものが空に開いていた。

 穴の向こうはなにも見えない。すべてが黒に染まっている。


 そして世界に突如として出現した異常バグのような漆黒の向こう側から。

 

 淫魔はこの世の物ではないび出した。


「 ――【 メイ  セン ジュ 】 」

 

 淫魔がつぶやいた瞬間。

 世界のすべてが【黒】に染まった。


『『――っ⁉』』


 頭上に広がる空が。眼下に広がる大地が。

 空間が。時間が。


 ――黒よりも黒い【闇】で覆い尽くされていく。

 

 やがてその漆黒の中から――


 おびただしい数の〝手〟のようなものが出現した。

 

「な、……な、あああああっ⁉」


 部隊長が目を丸める。


『なんだ、この黒い手は⁉』『こんなもの、魔法と呼べるのか……⁉』『得体がしれん……!』


 兵士たちの中に一斉に困惑が広がった。

 

「ちっ! てめえら、怯むな! どうせまやかしだ、すぐに――なっ⁉」

 

 その〝まやかし〟という言葉こそを虚言きょげんだと切り上げるかのように。

 

 淫魔は続けて手を動かしながら、言った。

 

「 ――【 ラン セイ   】 」

 

 その刹那。

 現れた無数の黒手こくしゅは、兵士たちに向かって。


 この世の終わりかのごとき勢いをもって――襲い掛かった。


『『あ、あああああああああああああああああああああああああああっ‼』』

 

 兵士たちの絶叫も。世界が歪んでいくような激しい音すらも。

 すべてが黒の中に吸い込まれていく。


「ひ、や、ああああっ⁉ なんだ、このバケモノじみたチカラは……!」

 

 部隊長はそれまでの余裕ある表情を完全に崩して。

 全身に冷や汗を垂らしながら絶叫した。


「ふざ、ける、なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――‼」

 

 阿鼻叫喚あびきょうかんが終わり。

 永遠にも思えるような一瞬ののちに――

 

 やがて世界から、黒が晴れた。


「「………………っ‼」」

 

 そのあとに残されていたのは――


 完全に生気を失った、聖教会がりすぐりという精鋭兵士たちの姿だった。

 

 淫魔は「ふう」と短く息を吐いて。

 まるで軽めの準備運動でも終えたあとくらいの雰囲気で髪の毛をかきあげて言った。

 

 

「ん――これで、。やくそくは、まもった」



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