34.聖獣化 ♡ 提案 → ■■■■


「バカなッ! 精鋭を結集した特別部隊が全滅だとッ……?」

 

 空に浮かぶ飛空艇の上で、枢機卿が絶句した。


「すごいっ! クウルスがやってくれたのね……!」

 

 勇者は安堵したような息を吐く。


『す、枢機卿殿っ! この失敗は完全に想定外にございます……このあとは、いかがいたしましょうっ!?』

「クウウウウ……!」


 枢機卿は奥歯を噛み締めて悔しそうに顔を歪める。


「ふむ。どうやら頼みの綱は絶たれたようだな」と魔王が言った。「よりすぐりだか、国を相手取れるだかは知らぬが――余が優秀な配下には、の実力では到底かなわぬ」

 

 一国家兵団と同じ戦力を〝その程度〟と揶揄した魔王の言葉を耳にして。

 枢機卿の中でなにかがブツリと切れる音がした。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

『す、枢機卿殿っ?』

 

 周囲の声も、もはや枢機卿には届いていないようだった。

 冷や汗をだらだらと流し、目はぐるぐると渦巻き、呼吸はぜえはあと乱れている。


「吾輩の計画が、ことごとく失敗に終わるだと……? そんなことは、あってはならぬッ」

 

 枢機卿は言いながら、ふところから呪布じゅふで厳重に包まれた物体を取り出した。

 ほどいていくと、中からは神々しい光を発する『水晶玉』のようなものが現れた。


『す、枢機卿殿……!? まさか【禁断の秘具】を使うおつもりでは……!?』

「そのまさかだッ! ええいッ!」

 

 意を決するような叫びとともに。

 枢機卿はその水晶を自らの口元に寄せ、まるで果実のように呑み込んだ。

 すの瞬間、枢機卿の体が激しく光りはじめる。


「な、なによこの光……? きゃあっ?」

 

 光り輝く枢機卿の体は次第にしていく。

 それに従い体つきもなにやら〝獣〟のようなものに変わっていった。

 

 白く長い体毛。巨大なひづめ。尻尾。牙。頭からは先の尖った2本の角が生えた。

 

 最終的に龍の巨体にも引けを取らないほどの大きさとなる。


『フハハハハハハハハハハッ!!』

 

 巨大な〝二角獣〟へと変貌を遂げた枢機卿が、空気を揺るがす重低音でいた。


『先ほどの宝珠は【天獣化てんじゅうか】の秘具――自らの魂を代償に力を最大限まで引き出し高める、対魔族に対する最終兵器だッ!』

 

 グルルルルルル、と牙をよだれを垂らしながら、二角獣の姿の枢機卿が唾を飛ばす。

 

「なによこいつ……信じられないくらいの迫力と圧気オーラがわっ……!」

 

 勇者がごくりと喉を鳴らして言った。

 

『フフ、ハハ! ワガハイにここまでさせるとはな……ウム。仕方あるまい。当初よりも〝手こずった〟ことは認めよう。しかし――これでいよいよ終わりだッ』


 枢機卿が声を発するたびに空気がびりびりと震える。

 全身からとても【聖獣】だとは思えない禍々しいオーラを発していて、みるものを恐怖の底に陥れていた。


「…………」

 

 しかし魔王は。

 何も言葉を発することなく、じいと枢機卿を見上げている。


『フハッ! 流石の魔王ですら、ワガハイのあまりの力に絶句をしたか……!』

 

 枢機卿は全身の白毛をゆらめかせながらつづける。

 

『いかにもッ! 今のワガハイであれば、誰にも負ける気がせぬわッ!』

 

「…………」


 魔王はなにも、答えない。

 

『アア、そうだ――魔王よ。ワガハイはこれでも、一連の想定外の事態でお前のことを認めている。故に、ひとつをしてやろう』

「――ぬ?」

『魔王よ! その腕を見込み……ワガハイの〝配下はいか〟とならぬか?』


 枢機卿が高らかに言った。

 

「……!」勇者が目を見開く。「な、なに言ってるのよ!」

『フフ、ハハ――ここだけの話だがな。ワガハイにとって人間界と魔界の軋轢あつれきなどはあくまで些末さまつなことに過ぎない』

「……え?」

『ワガハイの野望はただひとつ――この世界をワガハイの手中に納めることだッ! そのためにワガハイはここまで散々苦汁くじゅうを舐め、汚いことにも手を回し、ようやく聖教会の中で今の地位を手に入れたのだ。ワガハイに言わせれば――聖教会は、世界征服というワガハイの崇高たる目的のための足掛かりに過ぎんッ』

「な、なに、言ってるのよ……?」


 勇者が信じられないように首を振る。


「それじゃあ、モエネは――」

『フンッ。あんなものはただの傀儡かいらいにすぎぬ。民を納得させるためだけの、形だけの偶像ぐうぞうだ』

「っ! な、なんてこというのよ!」

  

 ――今のゴンドレーが枢機卿として実政をまとめ上げるようになってから、聖教会の内部の様子がおかしくなってしまったのです。

 

 そう困惑するように嘆いていた聖女のことを思い出して、勇者が悔しそうに唇を噛んだ。


「ひどい……やっぱり、あんた……人間じゃ、ないわ」

『フハハハハッ! どうにでも言うがいいッ!』

 

 枢機卿は歯茎をむき出しにしながら、魔王に向かってつづける。


『なあに。タダでとは当然言わぬ。ワガハイが世界を征服したあかつきには――お前にもいくらか分前わけまえをやろう』

 

 枢機卿は巨大な金色の瞳を歪ませながら言う。


『どうだ、魅力的な提案だとは思わぬか……?』


 枢機卿の質問に対して。 

 魔王はすこしだけ目をまたたかせて。


「いや――まったく思わぬ」

 

 と。

 はっきり言い切った。


『フハハハ! そうであろう、そうであろう。ワガハイの真のチカラを目の当たりにした後だ。あまりに魅力的な提案に尻尾を振って――って、ナニィッ!?』

 

 言葉の途中で。

 枢機卿があんぐりと口を開けた。

 

『いま……なんと言ったッ?』

 

 今度は魔王は間髪入れずに言った。


「断る、と言ったんだ。一文字たりとも魅力的には思えぬ。それに貴様は――余と約束を一度、破っているな?」

 

 魔王は磔にされたままの勇者にちらりと目をやって言った。

 

『ウン? ……そうだったか?』

 

 などと、とぼけている枢機卿に対して。

 

 魔王は一度短く息を吐くと。

 これまでにないなオーラを放ちながら言った。


「約束を守らなかった奴に――なぜ〝次〟があると思った?」

 

『……ッ!?』

 

 魔王が言葉とともに発した圧気に。

 枢機卿の巨体がたまらずびくんと跳ねた。


『ヒッ、ハッ……?』

 

 いまやどちらが【バケモノ】か分からない。

 

 聖獣と呼ばれた規格外のオーラを発する怪物を前にして。

 魔王はそれをの圧を放ちながら。

 

 空にひとつの【魔法陣】を描き――

 指先に、ひとつの黒い球を浮かび上がらせた。

 

『……なん、だッ、それはッ……?』

 

 次の瞬間。

 爪ほどの小さな黒点だったそれは。

 

 一瞬で空を覆い尽くすほどの【巨大な黒球】へと変わった。


「きゃっ!?」

 

 勇者が腕で目を覆った。

 黒球が爆発するように大空に広がった瞬間、轟々ごうごうとした爆風が周囲に巻き起こった。

 飛空艇の甲板がぐらぐらと揺れる。

 

『……ふ、ふざけるなアアアアアアッ!』


 硬直していた枢機卿が、どうにか喉の奥から声を振り絞るように叫んだ。


『なんだ、その化け物染みた力はッ! ……今までのは、よもや本気ではなかったかというのかッ……!?』

 

「ぬ――なにを勘違いしている」


 勇者は変わらず淡々とした口調で答える。


「余は本気などは出しておらぬぞ――今この瞬間もな」

『ッ!?』

 

 世界をまるごと消滅させうるほどのエネルギーがほとばる魔力塊を創造しながらも。

 魔王は『本気ではない』と語った。

 

「しかし……貴様が望むのであれば、すこしばかり本気の片鱗を見せてやらんこともない」


 魔王は口元をかすかに上げながら言う。

 

『ヒ、アッ!?』

 

 枢機卿は全身の毛を逆立ててがくがくと震えていた。

 

「余が望んでいることは変わらず〝世界の平和〟だ。本来であれば、このような暴力に訴えることはできるだけ避けたかった」

『……ッ! な、ならば……!』

「しかし」と魔王はそこで断固として言って、「交わした約束を息をするように破り、世界平和を己の満足のためだけに乱し、他者を平気で傷つけるものがいれば――余は一切容赦はせぬ」

 

 魔王はとろんとした瞳をそこで。

 大きく、大きく――見開いた。

 

「『……っ!!!!!?』」

 

 その迫力は枢機卿だけにとどまらず、周囲の兵士、側近――

 加えてに絶対的な〝恐怖〟の感情を植え付けた。

 

「…………」

 

 そして魔王は。

 掌を空に向けて。

 この世のものとは思えない言葉を――吐いた。


『――【 ■■■■■■■ 】』


 その瞬間。

 

 巨大な聖獣と化している枢機卿の全身を。

 飛空挺ごと貫くように。

 

 ――〝黒い雷〟が墜ちた。

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ――!!』

 

 まさしくまばたきひとつもできないうちに。

 黒雷につんざかれた枢機卿は絶叫し――

 

 

 飛空挺は激しい閃光と轟音ともに空中でした。

 

 

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