1-5

 翌朝になって。


 空からポカポカ陽気が降り注ぎ、とても優しい匂いに包まれて、小鳥のさえずりがピヨピヨと。「なんて平和な朝だろう、こんな日はコーヒーを二杯、飲みたい」などと考えているロイの周りをバタバタと子供達が走り回っている。とても騒々しいが、これはこれで微笑ましい。

 

 めずらしく、食卓にな朝食が並んでいた。


 バケットには、こんがり焼いたトースト。平皿にはスクランブルエッグと目玉焼き。クリームスープとヨーグルトに、木いちごとラズベリーのムース。オレンジジュースがあって、紅茶のポットがあって、ロイの目の前にはコーヒーが置いてある。いったって普通の朝食だが、これでいい。いや、むしろ出来過ぎ。


「リザさんが用意したんですよ」


 セリアスが教えてくれた。なるほど、と思った。


「何かお手伝いしなきゃと思って……お口に合うか、どうか」


「間違いなく合います! いやぁ、美味しいご飯は見ただけで分かりますから、わっはっはっは! ……は?」


 真後ろから微かにれる殺気を感じる。

 

 振り返ると、ベアトリスが立っていた。


「私の時と、全然、反応が、違いますね、領主様」


 ベアトリスは片言かたことでしゃべって、プイッと顔を背けた。ロイはギョッとして、手を合わせていただきます、の前に「ゴメン」と小声で謝っておく。


 ガチャガチャと食器を鳴らしながら、子供達も席についた。子供達の手が一斉に焼いたパンに伸びて、スクランブルエッグを乗せて、ジュースを飲んでいる。


「料理を作れる人がいると、食事も楽しいですね」


 なんて、セリアスが言う。


「それで、これからリザさん達をどうしますか? 物騒な連中は追い返したものの、また来るかもしれません。ラナールに住んでいただくのは当然として……彼女達の家が必要になります。それまで、どこに、ますか?」


 お引越ししていただきますとは、言い方がわざとらしい。


「そんな言い方をしなくても分かってる。ここは三人だけで住むには広すぎるし、引っ越すにしても家を建てるまでに時間もかかる。二階に部屋がたくさん空いているから、しばらくそこを使ってもらおう」


 それを聞いた子供達が、わあっと声を挙げた。


「ここに住んでも良いの?」

「やったぁ! これからは毎日、ベッドで寝るんだ!」

「私も、毎日お風呂に入る!」


 ワイワイと、はしゃぎだした。


「食事中だから静かにしなさい――あの、領主様、ここまでしていただいて、本当にご迷惑ではないのでしょうか」


 迷惑、という言葉が引っ掛かった。他人の世話になるのを遠慮するのは普通の大人の感性だが、リザは性格からして負い目を感じるタイプなのだろう。これは仕事を与えた方が良さそうだ。


「その代わりと言ってはなんですけど、リザさんには、いろいろと手伝ってもらいたいので。実のところ料理人が不足していて胃腸が悲鳴……いえ、ベアトリスだけでは家事が大変なんですよ」


 この言葉に、リザの表情がパッと明るくなった。


「は、はい! 私、一生懸命に働きますから! 食事に掃除に、屋根の修理だってやったことがあります! 薬剤師の資格も持っています。胃腸の薬だって作れます!」


「なんと、薬まで。なかなかに多才ですね。これは頼もしい。これはもう、永住してもらった方が――」


「私は、お役御免でしょうか」


 ベアトリスが静かに言う。ロイは再び、ドキッとした。心臓が口から飛び出しそうになった。


「いろいろと……教えてもらうと……いいんじゃないかな」


「下手くそだと、おっしゃってますね」


「だって、ほら、何事もさ、鍛錬たんれんが必要だから。武芸も一緒じゃないか。鍛錬たんれんすれば、誰だって、上手になるって!」


「……冗談です、そんなに動揺なさらないでください。領主様のご意向に従うのが、メイドとしての勤めです。とりあえずお皿を片付けますね。に、気を付けます」


 ベアトリスは、まだ食べていないロイのデザートを下げてしまった。

 

 ロイはベアトリスの背中を見つめて、


「……なあ、怒ってるかな?」


「どうでしょう」


 セリアスに聞いてみたが、明快な答えは返ってこない。なんだか申し訳ない気持ちになる。ロイにとってのベアトリスは戦場で背中を預けられる、自分と対等に戦える数少ないパートナーで、だから家事が不向きなことを何とも思っていない……ことはないが、誰しも得手、不得手があるのだから、今回の件のように厄介な連中をベアトリスが追い返してくれたことを十分に感謝をしている――


 つもりなのだが、ロイの中でそれが当たり前になっているから、感謝の意、が伝わっていないのかもしれない。改めて彼女に礼を言う必要がありそうだ。


 だが、ロイは気付いていない。


 背中を向けて、誰にも見せていない彼女の顔は、本当は笑っていることを。

 

 家事が下手でロイに尽くせないことを不甲斐ふがいないと落ち込みはするが、それよりも、もっと大切なこと。


 ベアトリスは、緩んだ口元を引き締めて、振り返った。


 ロイを中心に、皆が笑っている。


 このような光景は、ラナールに来てからも変わっていない。


 そんな彼の力になりたい。それが彼女にとっての幸せでもあるのだから。


 でも、ちょっと悔しいから――


 パクっと、デザートを食べてやった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 食事が終わって、後片付け。


「リザさん……!」


「は、はい!?」


 洗い物をしているリザの肩を、ベアトリスがガッシリとつかむ。


「まずはデザートから……作り方、教えてください!」


 やっぱりショックが大きいベアトリスだった。


(第一章、おしまい)


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