第18話 ボクの筆跡は個性的らしい。


 ボクはあらためて周りを見た。

 卒業パーティの会場に集まっているのは、見たことがない人ばかり。

 ボクがいくらバカだと言っても、上のほうの貴族ならおぼろげに判るはずだなのに。

 とすれば貴族だとしても下の方。大部分はきっと貴族ですらない。

 少しだけど女の人までいる。

 もしかして、この人達もまつりごとを手伝ってるのかな?

 すごい! あんなものを読んでしかも片付けられるなんて!


「王の玉璽すら私が管理している始末です。

 今や王宮の大臣達やゴクツブシども以外の官吏から下働きにいたるまで、

 全てを私たちは動かすことが出来るのです」


 会場の誰かが叫んだ。


「我らの王太子妃殿下! 我らの全身全霊は妃殿下のために!」


 皆が一斉にマリアンヌの方へ向いてひざまずいた。

 偉大な王を褒め称えるように。

 メガネの身長が一気に伸びて、全てを従えてるみたいだ。


「やめなさい。私は王ではありません。単なる王太子妃です。

 やるべき仕事をしているだけの人間です。

 オットー殿下。貴方まで頭を下げてどうするのですか?

 私は貴方を王にするのです。ですから貴方が次の王です」

「いや、でも、メガネじゃなかったマリアンヌのほうが、ボクより適任だと思うんだけど……」

「で、殿下!」 


 テレーズがボクの袖をつかんで、小声で耳元に


「それではゲルドリング伯爵令嬢様に、簒奪を勧めているのと同じです」 


 メガネの光がボクとテレーズを見た。


「一昨年創設された国民軍を掌握しておりますので、簒奪は可能だと思います。

 装備練度士気から考えて、旧態依然の貴族の私兵など破るのはたやすいでしょう。

 ですが私は女王になるつもりはありません。

 メガネでチビでちんちくりん、余りにも見栄えが悪いからです。

 他国に侮られますし、肖像画家が泣いてしまいます」

「ならなぜ、そのような、そのみすぼ――地味なおめしものを?

 それだけの権力があれば、もっとそれに相応しいお姿に」

「最低限の礼儀にかない、かつ動きやすいからです。

 アクセサリーなどはどこかに引っかかったら危ないですしね。

 本当は北天ポラールの民のようにズボンを履きたいのですが宮中なので」

「なんということだ! そんなわけがあったなんて!


 メガネとかチビとか幽霊とか陰口をたたいていたボクはなんてバカだったんだ!」

 このメガネは、もとい、マリアンヌはなんてけなげなんだ!

 ひとりで国を背負い、自分の服装も顧みず激務をこなしている。

 ボクと同じ19才で、しかも女の子なのに!

 メガネがどんどんぶあつくなって行ったのもそのせいなのか!


 ボクはマリアンヌの足元に土下座っ!

 今度は決まった!

 王子にふさわしいスペシャル土下座だ!


「済まないっ! ボクはサインくらいしか出来ないけど、

 明日からでもサインだけはするから!

 モリモリする! バリバリする! ドンドンする!」

「しなくて結構です。殿下の字は余りにも個性的すぎるので」

「そうか……残念……」

「それに殿下が仕事をなさらないことを責めているわけではないのです。

 確かに王太子が仕事をしないのは問題です。

 とはいうものの、殿下がこういう方だったからこそ、私は楽しませてもらっているのですから。

 もし殿下が有能か、有能でなくても仕事をこなそうと精一杯励む方であったら、私はこの天職に巡り会えませんでしたよ」

「そうなの?」

「はい。殿下のおかげです」


「そうか! そうだったのか!」


 気が晴れ晴れした。

 気づかないうちにボクはいいことをしていたらしい!

 もしかしてボクは縁の下の力持ちをしていたのかっ!


「ですから殿下のお相手をしている暇などないのです。

 ですが殿下のお相手は必要です。殿下は王になるのですから」


 テレーズが恐る恐るという感じで、


「あの……よろしいでしょうか?」

「なんでしょうかテレーズ嬢」

「ゲルドリング伯爵令嬢様が殿下の、その、あ、相手をなさらないというなら……殿下のお相手は誰がするのですか? 

 今の殿下は勢いで納得しかねませんが、それは殿下に対して余りにも寂しすぎる仕打ちではありませんか」

「テレーズ! ボクの相手は君だけだ!」

「……わたしは罪を犯した身。もう殿下のお側には――」


 いきなりマリアンヌは膝をつき、テレーズの手をとった。


「テレーズ嬢。貴女こそがそのひとです。

 私は確信しました。殿下のお側にいるべきなのは貴女です」


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