第19話 ボクは愛のために泣く

「え、な、なにを仰っているんですかっ!?

 わたしは、ゲルドリング伯爵令嬢様を追い出して王妃になろうなどと甘い夢を見た愚かな女です!」

「人間、誰しも魔が差すことはあるものです。

 ですが、貴女はただの地位ほしさだけではなかった。

 さっきなど殿下を庇って自分だけで罪をかぶろうとしていました」

「ちがいます! わたしは本当に救いようのない――」

「貴女がそういう人間でない事は調べがついております。

 貴女は殿下も、それ以外の方に対しても誘惑するようなそぶりをしたことはありません。今も、度重なる殿下の誘いを何とか拒み、キス以上の関係にはなっておりません。

 それは焦らしているのではなく、殿下と私との関係を慮ってのこと。殿下のことを思ってのことでしょう。

 私には理解しかねますが、こんな殿下を心から愛していらっしゃるのですね」


 テレーズは真っ赤になって俯いた。


「はっ、はい……卑しい平民の身でありながら、そのような大それた思いを……

 ですが、殿下はわたしにとって、かげがえのない人なのです」

「テレーズ! ボクもだよ!

 テレーズみたいに愛しい人は他に知らない! きっとこれから先も現れない!

 ボクには判る! 判るんだ! 判っちゃうんだよ!」

「も、もったいないお言葉で御座います。わ、わたしも殿下を」


「テレーズ!」

「殿下!」


 ボクらは床に膝をついたまま、ひし、と抱き合った。


 ああ、愛しいテレーズ。

 優しくて、安心できて、勇敢で。

 ボクよりぜんぜんかしこくて。

 やわらかくて、あったかくて、いい香りがして。

 おっぱいがおおきくて。

 この世のすばらしい要素だけを集めて作ったみたいなテレーズ!


「オットー殿下。私は、あなたを愛することが出来ません。

 そして、殿下が私を愛することもないでしょう」


 ボクの婚約者なのに断言しやがった!

 だが判る! ボクも同じだから!


「寝所をともにするなど、考えただけで吐き気がします」

「いくらなんでも吐き気はひどすぎるだろう! ボクはめまいがする程度だぞ!」

「ですから、殿下を愛し、愛され、権力を欲しない女性が必要なのです。

 そのうえ、出来ればですが、嫌がらずに子供をもうけるできる方が……。

 そんな存在は現れないと思っていたのですが……」


 マリアンヌはテレーズの方を見た。


「テレーズ嬢。それが貴女です! 貴女はまさしく神からこの国に遣わされた天使です!」


 ボクには、メガネの奥の感情が判った。

 こいつ、すごく、喜んでる!


「わ、わたしが!? わたしがですかっ!?」


 マリアンヌはテレーズの手をとると、立たせた。


「貴女が殿下の近くに現れた時、ああ、よくいる礼儀知らずで王太子の心を掴めば王妃になれると思い込んでいる愚かな女がまた現れた、と思いました。

 ですが、貴女はそうではなかった」


 す、すごい!


 あのメガネがマリアンヌが、人を激賞している!

 しかも褒められているのがテレーズだなんてチョーうれしい!

 なんだよメガネ! お前いいやつじゃないか!


「わたしはそういう愚かな女のひとりです! 現にわたしはゲルドリング伯爵令嬢様を――」

「貴女の美点は数多くあります。

 まず非常に我慢強い。

 御両親を洪水で失い、孤児院に引き取られても、

 学園で地位を笠に着た令嬢どものいじめにあっていたても、ほがらかさを失わなかった。

 我慢強いだけでなく、心がお強い方だと判りました」


「な、なにを仰るんですか……わたしは――」

「それに大変な努力家でいらっしゃる。

 そんな恵まれていない環境で、よい成績を維持していらした。

 礼儀作法もまだ拙いところはありますが、懸命に習得していらっしゃいますね」

「わたしはただ……災いや、卑劣な人たちに負けたくなかっただけで……」

「それに、私に対する問いも的確で必要十分な知性を備えてと証明してくれました。

 勉強が出来るだけではない地に足がついた知性をです」

「……ほ、ほめすぎです」

「単なる事実です。

 それほどまでに素敵な貴女だからこそ、

 王都でも名高い篤志家で孤児院の出資者でもある今の御両親は貴女を実の娘のように慈しみ、ついには本当に娘として引き取りまでしたのですし、オットー殿下は恋に落ちたのです」


 ボクは立ち上がると、ひし、とテレーズを背後から抱きしめた。


「その通りだ! テレーズ結婚しよう!

 やっぱり君でなくっちゃダメだ!」


 マリアンヌはほほえんだ。


「私は地位の上だけの王妃でいいのです。私は社交も、礼儀作法も苦手ですし、国の顔として正直アレです」

「いえ、その、もう少し気を配れば美人になる素質はあると思いますけど……」

「そういうのに時間をかける価値を感じないのです。

 ですが、テレーズ嬢。貴女ならできます。人柄も容姿もすばらしい。

 知性もあり理知もあります。

 しかも服装のセンスもいい。

 その方面で鈍感な私ですら判ります」


 テレーズが褒められると、ボクもうれしいぞ!


「テレーズの家は仕立屋だからな! どうだまいったか!

 テレーズが着れば、ちょっとした工夫でどんなものでも素敵になるんだからなっ。

 今日もきれいだよテレーズ」

「で、殿下……」

「だからこそ殿下のことは任せます。

 側女ですが。実質的には王妃になっていただきます」


 側女!?


「そんなのイヤだっ! テレーズを側女にするなんて!

 ボクはテレーズじゃなくっちゃだめなのに!


 うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 ボクは泣いた!

 ボクらの愛のために!

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