第2話 真実の愛こそ正義!

 メガネの下の表情は読めない。

 だが動揺している! そうに決まっているのだ! 泣いてもいいんだぞ!


 だってボクは王太子! 

 メガネは今まさに、将来の王妃、つまりこの国の一番の女性になる可能性を失ったのだから!


「言ってしまわれましたか……用意が無駄にならずによかったです」

「なぬぅっ!? どういう意味だっ!?」


 意味深台詞を言うんじゃない! 怖いだろう!


「それを今からご納得いくまで説明させていただきます。まず、その発言自体が無効です」


 ボクはくわっと目を開きヤツをにらみつけた。


「ボクは王太子だぞ! 王族だぞ! 王族の言葉は絶対――」

「殿下は一時的にお忘れなのでしょうが、このコストレリアには臣民と王家の間で契約された大法典が存在します。

 私と殿下の婚約は、大法典に定められた契約の元で結ばれたものです。何の根拠もなく破棄する事はできません」


 だ-かーらっ、こいつはっ嫌いなのだっ!


 なんでも理屈理屈理屈理屈! なんてつまらない女! ハートってものがない!

 心臓の代わりに歯車のかたまりでも入ってるんじゃないか?


 しかも地味! 飾りがほとんどない灰色のドレスしか着ない。アクセサリーもつけない。化粧すらしない。

 そのうえ肌が不健康なまでに青白いし、足音も立てないからまるで幽霊だっ。

 婚約した頃はまだマシだったが、それ以降加速度的に地味かつ青白くなるばかり。

 メガネまでかけるようになりやがって。しかも年々ぶあつくなるとかどんな罰ゲームだよ。


 今ではその表情を読むのはほぼ不可能。

 だが読んだところで不愉快なのをボクは知っている! 知っているのだっ!

 ボクを値踏みするような目。冷たく、動かず、蛇のような目。

 こんな女がいいとかいう奴がいるはずがない! もちろんボクもイヤだ!


「根拠はある! あるぞっ! お前が屁理屈を持ち出すことなど予測のうちだぁっっ」


 ボクは胸をそらした!


 ふふ。マリアンヌよ! いつもボクをバカにしていたのだろうが、今日のボクは昨日のボクではないっ!

 昨日より一週間前、一週間前より一ヶ月前、一ヶ月前より一年前と!

 そうさ、どんどんかしこくなっているのさっ! 


 今日のボクは今までのボクの中で賢さチャンピオン!

 法律だって心得ているっ! お前との婚約破棄に必要なとこだけはなっ!

 お前と婚約破棄してテレーズと結ばれるためなら、眠くなる本だって読むのだっ!

 自分で自分の太ももをつねりながらな!


「大法典は屁理屈ではありません。正式に定められた法です。それを変えるには、それ相応の手続きがいります」

「くどいっくどいっくどおいっっ! あると言ったのが聞こえなかったのかぁっ!」


 ボクはドンと足を踏みならし胸をさらにそらし、キラキラ輝く前髪を、ふわり、とかきあげて、ポーズを決めっ!

 鏡の前で何度も練習したのだ! 我ながらほれぼれする、まさに高貴な貴公子っ!

 イケメンぶりは瞬間最大風速では弟ローゼンクランツにも負けていないぜ!


「婚約はっ、どちらかが不正不義をした場合に破棄できるのだっっ! 大法典はボクらの味方なのだっっ!

 さっさと婚約破棄に同意するがぁいいっ!」


 決まった! 泣けてくるほど決まったぜ!

 ボクはテレーズを抱き寄せながら高らかに告げた!


「そしてボクとテレーズの真実の愛に道を譲るのだ!」 


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