ep18 【独奏悪魔】

その日、世界は一人の少女に注目していた。

いや、注目させられていた。


「みんなー!全世界のみんな―!見てるー☆!?」


その少女の姿は様々なメディアを通じて全世界に配信されていた。

キャンディを模した飾りを全身に散りばめられた衣装。

金の髪はふわふわと広がり、少女の顔立ちをすこし幼く見せる。


「みんなの知っている通り、私が財園グループのトップ、財園和雨だよー☆!」


普段の彼女からは考えられないその妙にキラキラとした喋り方。

それはそう、なぜならこの姿はその正体が財園和雨と判明するまで使用されていた姿だったから。


「でも今日は、日本王国女王……【独奏淑女】財園和雨としてじゃなくて、一人の恋する女の子、キャンディナ・キャンディベルとして配信するよー☆!」


彼女を知るものは少ない。

財園和雨がキャンディナ・キャンディベルとして配信していたことを知るものはたくさんいても、キャンディナ・キャンディベルがどんなキャラクター性を持った存在なのかはほとんど知られていなかったからだ。


「それじゃあまず初めに!みんな、今の世界に満足してるのかな☆!?」


画面の中の彼女に声は届かない。

だが、世界中の人間が漠然とした“退屈”を味わっているのは事実だった。

各国へ翻訳されたこのスピーチが流れ、聴くもの全てがそれを自覚していた。


「うんうん、そうだよね☆!退屈だよね!それじゃあこんな世界、いらないよね☆!?」


その言葉は過激だ。

世界の滅びを願う人なんていない。


「そんなのは求めてない?そうだよね……そう、元の世界が恋しいよね!みんな、そういう気持ちがあるはずだよね☆!」


だが、人々は知っている。

この世界に作り変えた【響界独神】に比肩しうる存在が誰だったのかを。


「だったらさ、私に“願って”ほしいんだ☆!」


彼女の3Dモデルが真面目そうに背筋を伸ばす。


「“元の世界に戻して!”ってね☆!」


そして彼女は語るのだ。

これから自分が行う悪行を。


「前の世界じゃ毎日十数万から数十万という人が亡くなっていたよ。でもね、その倍の数の人間がこの世界に生まれ落ちていたの。今の世界はどう?誰も死なない、誰も生まれてこない、そんな世界が“楽しい”で埋め尽くされるわけないってわかるでしょ☆!?」


この言葉は彼女が背負う“業”になるのだろう。

それを実現したら、彼女は人類史に残る最悪の存在になってしまう。


「私がこの世界を変えてあげる☆!毎日何万の命が失われる世界に変えてあげる☆!」


だが、それは人類が求めていた世界なのだ。

人々が望まない世界なのだ。


「私はこれから【悪魔】になる!未来永劫人類を毎日数十万と殺していく世界を作った【悪魔】になる!だからみんな私に願ってほしい!この、キャンディナ・キャンディベルに!」


そう。

人々の願いを背負うものを魔術師と呼ぶように。

人々に【悪魔】と思われた存在は【悪魔】になるのがこの世界のルールなのだ。


「【独奏悪魔】キャンディナ・キャンディベル!私が【響界独神】を一発ぶん殴ってこの世界に幸せをたくさん作ってあげる!」


その瞬間。

雲の隙間から光が差し、光の階段を下りてくる影があった。

財園グループ本社ビルの屋上に降り注いだその光はやがて一人の男を形作る。


「フフフ……やっぱり私が【悪魔】になれば、こうして現れてくれると思ってたわ。」


「なぜ、この幸せな世界を望まない?」


「フフフ。神様になったくせに、女心はわからないのね?」


この世界を統べる【神】と【悪魔】が。

今ここに対峙する。

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