ep16 二年後

一年.

たったそれだけの時間がこの世界を大きく変えてしまった。

ミスティカ・アナザーワールドによる魔術師の出現。

財園グループによる日本の再構築、日本王国への変化はそこに住む人々に大きな混乱を、争い、憎む心を産んだ。

そしてそれは世界へ波及し、打倒・魔王財園和雨を掲げた国々による侵攻を呼び、また多くの命が失われた。

そしてすべての黒幕、ニコラス・フラメルを打倒した人類には大きな力と、そしてモラルの崩壊した社会だけが残った。

全ての人類が切に願った。

“神様、助けてください。”

しかしその祈りは天に消え、あまつさえ株式会社ゾシモスの残党であるジェス・カーペンタリアによる世界の崩壊すら起きかねない状況にあった。

人々は願う。

“神様、どうかわたしたちを救ってください、死にたくなんてないんです。”

と。

そんな人類へ【神】の声が響く。

救いの声が。

その声は世界から【死】という不幸を取り除き、努力がかならず報われる世界として【ミスティカ・ゲーム・ワールド】を生み出した。

それから2年。


「……私たち魔術師はゲーム外の存在なんて、つまんない世界になっちゃったよね?」


そう口を開いたのはペンツァー。

彼女は魔術師として、財園グループの残したマンションのロビーでそう言った。


「まぁ、誰も死なない、産まれない世界っていうのは……意外に退屈なもんだな。」


「ダーリィィィン……部屋行って休まない?」


「さっき行ったばっかだろうが。バカ。」


「でもさぁ、こうも暇だと嫌になるよー。」


そんなやり取りをしていた所にハウスキーパーの人がやってくる。


「でしたら仕事でも就いてみては?趣味としての仕事は楽しいですよ?ステータスも伸びますし。」


「魔術師はステータス持てないじゃーん!絶対長続きしないじゃーん!あ、女王様だ!」


エレベーターの扉から出てきたのは財園だった。

彼女は深刻そうに考え事をしている様子。

彼が居なくなってからずっとこの調子だ。


「女王様どしたのー?」


「あぁ、ペンツァー……フフフ、ちょっと気になることがあってね、今はそれの対処を考えているところなの。」


そう言って二人のいるソファーに座るとハウスキーパーの人がエレベーターに乗って出ていった。


「実は……ミスティカ・アナザーワールドの事なの。」


「ミスティカのこと?」


バンデットとペンツァーは興味津々と言った様子で話を聞いた。

ジェスがショコレータ・ショコランティエの体を奪ったあの日からミスティカ・アナザーワールドへはログインできない状態になっていた。


「実は、ミスティカ・アナザーワールドのプレイヤーは大体が魔術師になれたでしょ?それがここ最近一般人と同じようになってきているの。」


「同じって言うと……あのステータス画面?」


「そう。そのステータス画面が出てくるようになったのよ。」


あの日以来、すべての人類はステータス画面を呼び出せるようになってしまった。

死ねば自分が直前に眠った場所かステータス画面で設定した場所にリスポーンするし、病気なども一度リスポーンすれば治ってしまう。

努力が数値となって示され、成長を確認できるようにもなった。


「……それって魔術使えるの?」


「使えないわ、つまり“ただの人間”になってしまったって事。」


「“ただの人間”……ね。不死身の人間を“ただの人間”なんて、昔の俺に言っても理解できないだろうな?」


――チン!


エレベーターが到着したようだ。

その中から出てきたのはアルアだった。


「あ、和雨さんだ!久ぶ……!」


そこまで言って、アルアの体は崩れ落ちた。

腕も、足も、まるでパーツのあっていないプラモデルのように外れ、音を立てて落ちる。


「アルア!?」


「いてててて……なんでボク倒れて……“マリオネット”!」


いつものように、自分の手足を浮かべ、操作しようとする。


「あれ?“マリオネット”!」


魔術は発動しない。


「“マリオネット”!」


その姿。そして今まで話していた内容。


「ねぇ、アルア。“ステータス”って言ってみて。」


ペンツァーの言葉に従い、震える唇でアルアは呟く。


「“ステータス”。……!」


薄いウィンドウ。

自分にしか触れられないそれは“ただの人間”になってしまったという事を告げる。


「え……これじゃあ……!」


短い手足を必死に動かすアルア。

その姿はまるで羽根をもがれた虫の様で。


「……魔術師じゃなくなるのはRANK4以下だけじゃないみたいね。」


その言葉に、ここにいた魔術師は皆、危機感を持ったのだった。

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