ep23 俺にどうしろって言うんだよ

――パチン!


もうまともな思考すらが苦しい。

早くベッドに倒れ込みたい。

駄目だ。

ベッドではだめだ。


――パチン!


ベッドわきからまた転移したのは銀色の椅子。

ミスティカ・アナザーワールドの筐体だった。

逃げるようにそれに座るとヘルメットをかぶり目を閉じる。


【ミスティカ・アナザーワールド……オンライン】


起動メッセージが聞こえたら、ゲームが始まった合図だ。

“デビル・フロント”の街でやっと一息ついて言葉が漏れる。


「はぁ……はぁ……はぁ……うおぉえぇ……!」


酷い吐き気。

現実世界では財園グループのシェルター暮らしだから気付けなかった異常。

見た目が人外へと近づいていたのと同時、こんな状態だなんて気づかなかった。


「こっちは静かだな……。」


豊聡耳神子とよさとみみのみこ

サイコメトリーが称号への適応によって姿を変えたスキル。

パッシブスキルなんてものがどういう結果をもたらすのか、考えていなかった自分を恨む。


「そりゃあそうだよな“パッシブ”ってことは便利にオンオフできるわけじゃないんだもんな……!」


苛立ちを隠さず吐き捨てる。

周囲の心を読み取るスキル。

それだけならよかった。

サイコメトリーは物に宿る意志や思考を読み取るスキル。

豊聡耳神子とよさとみみのみこがその発展型ならばこうなるのも致し方ない。

周囲の全てから情報を吸い上げる怪物。

そんな存在になっていたのだった。


「しっかし……それでも“理解”できるのが唯我独尊ゆいがどくそんの力かね?」


すさまじい力だ。

この力によって初見殺しのアンドレ・メッセンジーの魔術を見抜いたのだから。

今回の侵攻の中で、唯一RANK5相当の魔術師だった男がその手の内を全て見破られ、一方的に敗北したのは全て、ショコレータという存在のせいだったといえる。

しかしそれと同時にそれは人間をやめたという事でもあった。


「……うわ!こっちもこの姿なのかよ!?」


星空のようにきらめく黒髪。

その肌は白く、陶磁器を思わせるようなきめの細かい綺麗な肌。

その目は黒く、瞳のない黒塗りの何かが嵌まっているだけだった。


「うわぁ……この状態で【もしも私が】とか使ったらどうなるんだろ……。」


最初に出たのがそんな平和なものだったのは現実問題からの逃避だった。

現実世界にログアウトすると同時に世界中の声が聞こえてしまう。

不用意に願いを口にするとそれが魔術となって発動する。

“とりあえず水でも飲むか”と言った結果、部屋が水浸しになったのは予想外だった。

それからは極力喋らないようにしていたし、自分の精神がおかしくなっている自覚もあった。


「俺に才能がねぇ……。」


ニコラスの言葉。

財園との問答を離れた位置から聞いていた結果、自分がややこしい存在だという事も知った。


「いやいや……勘弁してくれよ……。」


自分の精神が歪んでいると。

“最強VRゲーマー”の称号を持つ、自信に満ち溢れていた自分。

“響界独神”の称号によって丸くなった自分。


「だとしたら俺は元々どんな男だったんだよ……。」


“最強VRゲーマー”の称号を持つ、自信に満ち溢れていた自分が大衆の“こんな人であってほしい”という願いで歪んだものだとしたら元はどんな人格だったのか。

“響界独神”の称号は自分をどうするのか。


「俺にどうしろって言うんだよ……。」


世界は神秘に満ち溢れ、魔術師が生まれた。

使いようによってはいくらでも人を殺せる武器が全人類にばらまかれたようなものだ。

必ず戦争が起きるだろう。

そうすれば人は人を呪い、争いの連鎖は続いていく。

その先に待つのは人類の崩壊だ。

“第3次世界大戦で使われる兵器はわからないが、第4次世界大戦で使われる兵器はわかる、石と棒だ。”という言葉があるように、戦争の行く付く先は人類の疲弊と文明の崩壊だ。

魔術での戦争の行きつく先にはそれがある。


「ただのゲーマーに何をしろって言うんだよ……!」


ただゲームを遊んでいただけなのに。

変なストーカーに監禁されるわ。

戦争が始まるわ。

自分がバケモノだと言われるわ。


「俺にどうしろって言うんだよ!」


ここは“デビル・フロント”。

悪魔の住む島。

迷い、争う人間は悪魔にはなれない。

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