ep9 財園の独白

石川県7つ島灯台。

敵を待ち構えている財園和雨。

しかしこれから戦いに行くというには彼女の表情は愁いを帯びたものだった。


「はぁ……。」


これまで、自分は間違いを犯していないだろうか。

そう思って仕方ない。


「あの人の体に何が起きたのかしら……。」


それも全てはショコレータ・ショコランティエに起きた変身現象への不安からくるものだった。

明らかに生物として理解できない変身が起きた。

それも監視していたカメラ越しに見る限り、ゲーム内でゲンデイールとの戦闘が始まり、その戦いが決着に向かい出したあたりからだ。

スキルが現実で使える現象、ゾシモスが語った通りなら魔術を使えるようになったということ。その先でこんなことが起きたのだ。

魔術を使えるようになった時点でゾシモスに自衛隊を送り込めばよかったかもしれない。

あの頃でも財園グループならそれだけの力があったはずだ。


「私は間違えた……?」


そもそも、自分は“正しい人”じゃない。“いい子”でいられなかった出来損ないでしかない。

財園グループ前代表、実の父親は自分を“完璧な淑女”にするために、そのために必要な技術や知識を学べる環境を用意してくれた。

どんな技術も望めば手に入った。

どんな知識も望めば手に入った。

そんな環境だからこそ、その技術を存分に奮える場所を求めた。

それが“幻闘最武宴”だった。

学んだ格闘技術を好き勝手に使え、それを使って相手に”敗北の屈辱を与える”のが小さな子供だった自分にはたまらない快感だった。

年頃の子供ならそれこそアングラなサイトでエロを求めて快感を得るぐらいだったはず。

そんな中、自分は人を叩きのめすことに快感を得ていた。

それが自分をこうも歪ませてしまったのだろう。


「はぁ……。」


だがその歪みは“幻闘最武宴”によってさらに歪むことになる。

ショコレータ・ショコランティエ。

その男に敗北。それも徹底的なまでの連敗。

自分が積み上げてきた技術は格闘技だけじゃない。

心理学やダンス、パルクールなどの色物まで全部を出し切った敗北だった。

それによって歪んだ心は新たな快楽を知った。

相手に屈服される感覚。

マゾヒストのような感覚ではない。

サディストのような感覚でもない。

ただひたすらに、自分の全てを否定される快楽だった。

自分の人生全てを、財園グループの全てを否定される屈辱に震える体。


「私はまた間違えたのかしら?」


あの出来事があってからは全ての習い事をやめた。

そして強者を求めるゾンビとなった。

ネットの海をさまよい続け、強者をひたすら求めた。

そして知ったのだ。

ショコレータ・ショコランティエ。

最強VRゲーマーと呼ばれる男を。

あの日自分を倒した男の正体を。

この人しかいない。

そう思った。

自分にあの快楽を与えてくれるのはこの人しかいない。

それからの行動は早かった。

自分も“キャンディナ・キャンディベル”と名乗って配信を始め、フレンドになって何度も倒してもらおうと。

少しづつ、アイドル系からゲーム実況系にシフトしている最中にショコレータが女とコラボ配信するとか言い出さなければあんな間違いは犯さなかった。


「あれは……本当に間違いだった。」


自宅前に貼り込み、用意できる薬剤を全て用意して、最高のホテルを用意したあの日。

自分はただ肉欲に溺れた猿に過ぎなかった。

想い人だからこそ、そんなことをするべきではなかった。

それからの関係にひびを入れたこともそうだが、なによりも“自分が蹂躙するような一夜”だったことが許せない。

意識の朦朧とした想い人で自分の肉欲を発散させただけのオナニーに意味なんてなかった。

肌を重ねようと、体を合わせようとそれは自分の求めたものではなかった。

やはり、想い人に蹂躙されたかったのだ。

その為なら、財園グループを失ってもよかった。


「あの時、正攻法でデートに誘っていれば……もっと仲良くなれたのかしら。」


そうすれば今頃毎晩ベッドの上で彼は何度も自分の柔肌に爪を立ててくれただろうか。


「ばらさなければよかったのかしら……?」


あの下水道ダンジョンで呼び出された時も、バレたということに快感を感じてしまい全部話してしまったけれど、ダンマリを決め込んでいればよかっただろうか。


「全部間違いだったのかもしれないわね……フフフ。」


軟禁して生活を全て管理して監視し始めてから、彼は自分に反抗しなくなった。

それではだめなのだ。

自分を屈服させるという強い意志が欲しかった。

ここまですればやってくれると感じていた自分の直感が間違っていた。

あの、“屈服する”という単語から最も遠く離れた男があんなに従順になるなんて。


「屈服?」


何か違和感を感じた。

その答えは。


「……そうよ。……どうして私が、この私が気づかなかった!?」


一人叫ぶ。


「称号を得た、あの時から、そううでしょう!?あの瞬間からおかしかった!」


現実世界での彼が弱いのは別におかしくない。

だがあんなにも“押しに弱い”訳が無い。

もっと口が悪い男だった。

もっと狂犬染みた反発する男だった。

あの一夜の後、彼はこちらが自宅の場所を知っていることも、目覚めたホテルの格で強力な権力者であることもわかっていたにもかかわらず吠えるような電話をする男だった。

”負け”た姿を知らなかったからかもしれない。

だから気づけなかった?

そんな言い訳は要らない。

そもそもあの男が一度の敗北からこちらを探し出してしまうほど”敗北した”という気持ちを昇華出来ない男だというのはわかっていたはずなのに!


「まさか……私も……?」


魔術師になった皆が皆この迎撃戦で人を殺すことに疑問を感じていないのは心の底で自分が既に人間ではないと思っているから?

性格が変わった?

彼がおとなしい性格になったのは“サイコメトリー”で他人の心に触れたことが原因だと思っていた。

だが違う、称号だ。

そして称号を得た人間は現実世界で魔術が使えるようになる。


「そう、ゲーム内は比較的マシだった……ゲーム世界と現実世界で人格が変わる?」


自分ではわからない。

だが彼は確実に変化している。

ゾシモスの狙いは何だ!?

魔術師を産み出すことが目的?

魔術師とはいったいどうなること!?


――ドォン!


「カナダ……今考えてるところだっていうのに!“うざったい”!」


――フッ!


消えた。

彼女が触れていた7つ島の一つが消えた。

そしてその島はカナダの軍艦を飲み込んで、大きな波を発生させる。

轟音。

テレポートが発生無しで使用されたという事実に財園は何の疑問も持っていない。

ただ、目の前の邪魔な軍艦を沈め、それを背に財園和雨は消える。

ゾシモスが歪めた想い人を救うために。

ゾシモスという目障りな敵を潰すために。

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