ep8 長崎の恋心

長崎県対馬。

ドイツが侵攻してきたそこには一人の女が待ち構えていた。

ペンツァー。

彼女は今まで、波乱万丈な人生を送ってきた。


「思えば……もっと頭がよかったらよかったのにな……。」


一人の時間が嫌いだ。

一人でいると、どうしても嫌なことばかり思い出してしまう。


「せめてダーリンが居たらなぁ……。」


初恋の人。

幼馴染だった男。

あの人とは何もかもが違う人。


「今何してるんだろ……。」


ダーリンに会いたい。

一人でいると嫌なことばかり思い出してしまうから。

陸上で一緒に一番になろうと誓った幼馴染は落ちこぼれて、私に否定の言葉を投げた。

私は酷いことをたくさん言われた。

だから陸上選手として生きることを決めた。

たったそれだけの話。


「初恋……。」


思い出してしまう。

あの時の熱を。

あの激情を。

私はただ、一緒に努力して一緒に頂点を取りたかっただけなのに。


「才能なんて……誰にもないのに。」


ペンツァーの持論では、才能なんてものはなかった。

もちろん、アルアのように元から不自由な体を持って生まれてくる子はいる。

でも健康な体があれば、あとは努力でいくらでも頂上を目指せると。

そういう思考を持っていたからこそ、幼馴染とは絶対に分かり合えなかった。


「ダーリン……。」


人に触れるのは好きだ。

ビッチと呼ばれてもおかしくないくらい、普段からいろんな人に抱き着いている。

でもそれは“愛”が欲しくてたまらない自分をごまかしていただけだった。


「ダーリン……。」


そんな自分の前に立ち塞がった男。

バンデット・ケーニッヒと名乗るその男はすごかった。

糞雑魚だった。

【アイアンブーツ】で周りをぐるぐる回りながら蹴り飛ばしていたらすぐに限界になっていた。

それでも敵意を向けてきた彼に、少し“イイ”と感じてしまったのが始まり。

【フォールン・チャーム】は相手に“初恋”を感じさせるスキル。

自分でも気持ち悪いと思えたスキル。

でもそれを受けた彼は必死にそれに抗った。

初恋を、理性で抑え込んだ。

地面に倒れ込み、必死に手を伸ばしたい心を抑え、体を抑え、敵意を向けたあの男。


「ダーリンに会いたい……。」


彼だけは信じられる。

愛を欲して狂いそうな自分の愛を受け止めてくれる。

アスリートになる将来を目指している自分の心が、彼の奥さんになる為ならそれを我慢できる。

子供をダース単位で産んで見せよう。

毎年入学式で彼と泣こう。

毎年結婚式で“私の娘はやらん!”と怒りだそう。

そんな未来が欲しい。

だから。


「あいつら全部倒せば。ダーリンに会いに行ける!」


――ダッダッダッダッ!


空を走る。

天を走る。

この空の下に、私より早い奴なんていない!


「【アイアンブーツ】!これが、私の力!」


――ガィン!


軍艦には銃で武装した兵士が乗っていた。

そんなものはどうでもいい。

今の私に当てられるものか!


――ガィン!


この蹴りは全て、この船を沈める為のものだ。


「今あいに行くよ!ダーリン!」


――ガィン!


――ドッ!


――ゴポポポポポポポポ!


船に穴が開き、海水が入っていく。

もうこの船はもたない。


「ダーリィィィィィィィン!」


――ダッダッダッダッ!


――ダッダッダッダッ!


――ダッダッダッダッ!


空中を蹴り飛ばし、一筋の光となって走っていく。

流星のように、彼女の星を目指して。

ただひたむきに走っていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る