第五章:絶望抱く高潔の称号
ep1 賢者の石
――株式会社ゾシモス8階。
ここ数日で様変わりしてしまったこの国、日本王国の事は世界中でニュースになっていた。
そんなニュースが描かれた各国の新聞をペラペラとめくりながら男は言った。
「……あぁ、いいぞ。これで……これで!」
「おい、ニコラス。一人で笑ってんなよ?」
科学者然とした格好の男、ジェスは一人興奮しているニコラスを咎めるとコーヒーを一口啜る。
「で?これでよかったのかよ?」
「もちろんだ、いや、期待以上と言ってもいい。まさかこんな小さな島国とはいえそれを治める王に魔術師が就いたのだからな。」
そう言ってニコラスは掌で赤い石を転がす。
「【賢者の石】……これが力を取り戻すのももう時間の問題だ。」
うっとりとその石を眺めるニコラスにジェスは訊ねる。
「それ、ただの水銀の結晶だろ?なにが【賢者の石】だよ。」
「前から言っているだろう?古来より霊薬として信じられた水銀、それに対する“願い”が魔法となり、そして私が魔術としてそれをそう“設定”したのだと。」
「あー、それも魔法が関わるのか?」
「これはかなり珍しいケースだがな。だが仕方ない事でもある。水銀という物質自体は人体に有毒であり、それも世界中に常識として刷り込まれてしまったからな。」
「んん?つまり“願い”が魔法になるこの世界で水銀に“不老不死の霊薬”っていう“願い”が無くなったって事でいいの……か?」
「その通り、少しは魔法にも、魔術にも理解を示し始めたようだな?」
「流石にこんだけ色々見てるとなー……でもそれが力を取り戻すことなんてあんの?今の時代誰でも知ってることじゃね?水銀が毒だってことくらい。」
「だからこそ、魔術師が大量に必要だったのだよ。魔術師がこの世界に存在するという認識によって神秘の介在する理論が生まれるのだ。」
その返答にジェスはよくわからないという顔をする。
「……そうだな、お前はあまりにも認知が科学によりすぎているからな。」
「これでも魔法を受け入れてるんだし理解できてもいいと思うんだけどなぁ。」
「お前、幽霊を信じているか?」
「いや、信じてないに決まって……いや、魔法もあるんだし存在してもおかしくはない……のか?」
「科学はオカルトを否定する、お前が私に出会った際にはなった言葉だが覚えているか?」
「あぁ、結局幽霊なんて観測できないんだから存在しない、みたいな話をしたな。」
「だが世界を見てみろ、科学的には人間の死体など何の意味も無いものだと理解しているだろう?なのになぜ墓地なんてものがある?葬式がある?」
「いや、そりゃあそういうものだからだろ?親が死んだからってその死体を踏み潰したりゴミ捨て場に捨てたりしたらただのサイコ野郎じゃん?」
「まぁ、そう言うな。そこには幽霊という形の“願い”があるのだ。だから死体に無ていなことをしないのだ。」
「“願い”?生き返ってほしいとか、もう一回話したいとか?」
「そうだ。ゾンビなんかも同じようなものだな。」
「あぁ、わかった気がする。つまりその生き返ってほしいとか、もう一回話したいとかの“願い”がゾンビとか幽霊を産み出す魔法を作るわけだ?」
「さて、ではその魔法とはどんなものだと思う?」
「うーん?……死体からこう、ズボッと取り出すとか?」
「何故死体から、というように想像した?」
「えっ?そりゃあ死体がないと誰を呼ぶのかとか……?」
「同じだよ。ゾンビでも幽霊でも、ネクロマンシーへ至るような魔法に死体が密接にかかわるイメージがあるように、【賢者の石】と水銀の結晶はある程度密接な関係にしたのだ。」
「でもそれが科学のせいでダメになって……いや、でも水銀=賢者の石っていうのは有名と言えば有名か……?」
「答えは出ただろう?神秘のない世界において、科学によって毒となった水銀も、神秘が存在するという常識のある世界ならば賢者の石足りえるのだ。」
二人は煎餅の入った菓子桶からバリバリと食べながら言った。
「つまり、日本という国が消えて日本王国、いや、魔法王国が生まれたことで神秘が存在するという常識が世界に広がれば【賢者の石】はその力を取り戻す?」
「そうだ、それも今の状況はかなりいい方向へ進んでいる。各国は神秘を求め、そしてこの世界には魔術師が存在することが全世界へ発信された。」
「本来ならここまでいい広告塔にならなかったってこと?」
「所詮極東の小さな島国だからな。その一部でしかないストリーマーが世界にどれだけ影響を与えるかと思っていたが……まさか王になるとは。」
「でも世界は荒れるんじゃないか?これから皆が皆魔術師を目指すって事だろ?」
「あぁ、それこそが新たな神秘の時代!魔術師たちが群雄割拠する戦国時代の始まりだ!」
――バリィ!
煎餅の砕ける音がこの部屋に響くのだった。
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