ep2 皿洗いの二人
――ジャー!
勢いよく流れ落ちる水に手を突っ込んでその冷たさを感じるのは季節を感じる。
皿洗いという行動自体最近していなかったからかさらに冷たい。
「はぁ……。」
確かに美味い飯にありつけたが、あの女と共に食卓を囲むのはストレスでしかない。
今は配信を終えてSNSの投稿に精を出している様だがさっさと帰らないだろうか。
「あんまりため息をつくと、支えたくなってしまうでしょう?」
後ろから抱き着いてきた財園は確かに魅力的な女性だと思う。
敢えて言うなら街中で見る美人に対する感情に近い。
「さっさと帰れ、もう用もないだろう?」
「フフフ。一番大事な用が終わってない……いいえ、あなたとの生活に勝る用でも無いのだけど。スキルのことよ。」
後ろから抱き着いている彼女の顔は見えない。
「フフフ。私達、人間やめちゃった。」
彼女は何を考えているのだろうか。
「それでね、これってRANK5のせいだと思うの。」
「4じゃなくてか?」
「だったらもう10人以上いるんだから全く話題にならないわけないわ。」
「まてよ、RANK5は今のところ俺とお前と……シスター?」
「そうね、シスターにもこのスキルのことを話さないよう頼んでおいたわ。」
「シスターもストリーマーだぞ?いい話題になるって断らなかったのか?」
「あなたと私、そして彼女の3人だけが持つ力、そんなものを世界に知らせれば“ミスティカアナザーワールド”の奪い合いが始まるどころか販売元への攻撃だってあり得るわ。そして私たちは実験動物として第3次世界大戦のトロフィーになる。そんなのは御免でしょう?」
「それでも……このままゲームが続けば隠しきれないだろ?」
「そう、つまり私の用っていうのはそれ。ミスティカアナザーワールドを全力でプレイして強くなりましょう?ってこと。」
その言葉を飲み込むのに少し時間がかかった。
ゴクリと生唾を呑む音に彼女は答えた。
「そう覚悟する必要もないわ。やることはゲームを続けるっていうだけだもの。」
「だが……こんな力をただの人間が持つってのは……。」
「怖い?でも強くならないとむしろ危ないのは私たちの方。あなたのスキル、“ストンプ”も“ピアッシング”も“シックスシェル”も攻撃系とはいえ核ミサイルに対抗できるようなものじゃないでしょう?せめてそれぐらいは必要よ?」
「いや、そんな力だったらもっとまずいだろ!?」
「逆よ。危機感を持ちなさい。あなたも私も第3次世界大戦が起きかねない力を得てしまったの、だったら各国と渡り合えるだけの力が最低でも必要なの。私の財力を利用したところでこの国に核ミサイルを何発も配備できるわけじゃないし、常にシェルター暮らしをするわけにもいかないの。」
「でもだからって、そんな力を手に入れないといけないって……。」
「できなきゃ死ぬだけよ?私はあなたと一緒のお墓に入るためにも私たちの平穏を守らないといけない。そしてその力を得られる場所、それこそ“ミスティカアナザーワールド”ってわけ。」
「……得体のしれない力だぞ?」
「毒となるか薬となるか、それを確かめる時間はないのよ。得体の知れない力だからこそ口に入れないとどうなるかなんてわからない。だから私も毒見役として一緒に進むわ。」
それは朝食の時の一幕を思い出す言い回しだった。
「そう、あなたのパートナーとして、共に強くなることを誓うわ。」
「お前……本当にこえぇよ。こんなこと言われて断れるわけ……。」
そこまで言うと彼女は手でこちらの口を塞ぐ。
「外堀ばかり埋まっていくのは本意じゃないわ。あなたには自分の意志で、本物の恋心でその先を言ってもらえるのを待っているの。」
後ろから回していた手をほどいて、彼女の体温が離れていく。
「フフフ。あなたが惚れるまで、通い妻を楽しませてもらうわ。……またね。」
――バタン。
彼女は帰ったようだ。
だがしかし、ほんのり残る彼女の体温が彼女の存在をじっと残し続ける。
皿洗い中の俺はしばらく、後ろに振り返ることができなかった。
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