ep15 乱入者

おかしいとは思っていたんだ。

アイドル系Vtuberであるキャンディナ・キャンディベルがRANK3でメリケンサックなんてものを使っていたのはそれが一番使い慣れた武器だったからだったんだ。

イベント後に調べたプロフィールには違和感だらけだった、それを紐解いていれば何とかなっていたのかもしれない。

いや、そんなことは有り得ない。

4年前の配信、それもたった一回の配信に辿りつくことなんてできなかったはずだ。

それよりも今、彼女から逃げる手段を探すことこそ最優先で行わねばならないミッションだ。


「どうして俺はRANK4、5になれない!」


背中に全体重を乗せているこの女は“神秘の欠片”を手に入れてすぐ、RANK5へと成長して見せた。

イベント1位の自分は何故RANKが上がらない?


「運命が言っているのよ、ここであなたは配信者生命を終え、私の伴侶となるの、それがどうしてわからない!」


背中に乗る彼女は肩甲骨を抑え、体重を骨盤に乗せることでこちらの動きを完全に止めている。

奇しくもイベントの決着時と逆の状態、違いは一つ、こちらをキルするつもりがないということだけ。


「これでも傷ついているのよ?私の何が不満?富も名声も持っていて、あなたが楽しめる位には力もある私の何が不満なの?」


その言葉は純粋な疑問だった。

彼女にとって、虐待に似た教育は喜ばしいものではなかったが、それによって得た才能は別。自分を嫌う理由なんて探しても見つからないようなもののはずだった。


「……なんでだろうな?でも俺はわかるんだよ!……俺はお前が嫌いだ!世界中の誰よりも!」


汚い泥にまみれながらも啖呵を切る。

それを彼女は許さない。


「体は心と密接な関係にあるの、わかるでしょう?愛されれば愛されるほど、欲望を発散させればさせるほど、人はその相手に好意を持つ!あなたのそのやせ我慢もすぐに音を上げるわ!」


耳元まで顔を寄せて囁く、配信に声が乗らないように。


「私の愛で、あなたを惚れさせてあげる。」


彼女の言葉が頭の中にドロリとした蜜のように入っていく。

その言葉の一つ一つが頭の中で思考を逸らせていく。

ぼやけていく思考の中、一つの声が響いた。


――推しのピンチに駆けつけなくて、ファンを名乗れるわけないでしょう!


風を切るゴゥ、と言う音が薄れそうになっていた意識を引き戻す。

背中に感じていた重さが離れたのを感じるとともに跳ね起きて周囲を確認する。

そこにいたのは。


「シスター・ピースフル・ワールド!推しのピンチに颯爽と登場です!」


聖職者、それもシスター服に身を包んだ彼女はそう言ってキャンディナ・キャンディベルに対峙する。


「お前もRANK4……?どうなってる?」


しかし、この状況は助かる。

今なら逃げだすこともできるはず……。


「フフフ……夫に集る蠅は潰してしまわないと……ですよね、あなた?」


「ショコレータ・ショコランティエは皆の憧れなんです!あの人のように強くなりたいと皆が望み、それを超えたいという人が皆ファンになるんです!それを一人占めしようと、それも本人の望まない形でなんて許しません!」


彼女の声が逃げるのを止める。

本人にその気がないのはわかっていても、万人が求めるのは“最強のVRゲーマー、ショコレータ・ショコランティエ”なのだと言われているようだ。


「どうしてこんな風になっちまったんだろうな……。」


つい、弱音を吐いてしまう。

自分は、どうして最強になんてなったんだろう。

何のために最強になったんだろう。

その答えは、すでに出ていたはずだった。

いつの間にか忘れてしまっていたんだ。

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