第12話複合魔法

 凸凹道をあり得ないくらいの速度で疾走する白パンさんにびっくりしながらも、俺は遅れながらも追走する。 

 しかし前衛職と魔法使いの体力には差があり、また木々が視界を阻害したせいで、いつの間にか白パンさんを見失った。


「おいおいおいおい待ってくれーー!!」


 などと情けなく叫ぶが、白パンさんには届かなかった。


「はぁ……。まあ流石にそこまでヤバい魔物じゃないと思うけど……いや?」


 そういえば、前回ナギと会った時も割と強力な魔物に襲われていた気がする。

 いやまあたまたまだろ。


 彼女たちが外敵する相手を軽視して、走る速度を緩めようとした時だった。


 ドゴォン!


 と地面に大きな力がぶつかった音が聞こえた。


「……なかなかパワー型なのか? デカい岩が地面に落ちたみたいな衝撃だったけど……あ」


 デカいといえばゴーレムじゃん。

 もしかしてナギが襲われてるのゴーレム?

 ……まずいかもな。


 5mあるデカい体躯を物理で倒すのはなかなか骨が折れるだろう。

 あの細い剣は特に相性が悪そうだ。


「……ちょっと急ぐか」


 俺は走る速度を上げ、急いで音のする方向へと向かった。



 そして現場に駆けつけたときに見たのは、座り込むナギと腕を負傷しながらも勇敢に立ち向かう白パンさんの姿。そして、一発もらって吹き飛んだ景色だった。


「おーいーーーっ、まずいな」


 辛うじて保たれていた均衡が崩れ、意識のない白パンさんと動けないヒーラーナギがそこにいるだけとなってしまった。

 ただ、不幸中の幸いなのが、ゴーレムが相手を無力化したと思い、じわじわと恐怖を与えるようにゆっくりと近づいていることだった。

 油断により生まれた時間を有効活用しようか。

 どのくらい敵に魔法耐性があるのか不明なので、俺はオーバーキル覚悟で詠唱を開始する。


「『冷たき闇を滅する始まりの炎よ、我が目前に望む」


 俺の体内で魔力の火が熾り、周辺に拡散されるのを制御で一気に圧縮する。


「汝の力、"イカズチ"、"氷雪"を持って彼に救いを。我は想う。汝の力による処罰を』」


「にゃにゃ!?」


 空気を割るような雷と、地面の草葉を凍らす冷気が俺の周りに広がる。

 猫がなんか鳴いた気もするが、なんだろうか。

 そして、魔法が発動する。


「複合魔法『薄氷・雷』」


 パキ……と氷が割れるような音がゴーレムの足元から鳴る。

 そこから一気に侵食するかのようにゴーレムの足から上へと氷が駆け上がった。

 そのせいでゴーレムの動きが完全に妨害される。


「落ちろ、イカズチ」


 刹那、轟音が鳴り響き、強い光が炸裂する。

 この場にいた全員の視界を遮った落雷は、正確にゴーレムに向かって落ちていた。


「おごっ……」


 視界が開けると、ゴーレムの身体中にヒビが入り、無機質な目は光を失っている。

 そして俺は弾け飛んだ破片が腹部を直撃してその場に蹲っていた。

 そんなことはつゆ知らず、ナギは白パンさんに必死に話しかけていた。


「ホノン! 大丈夫!?」


「ぅ……」


 白パンさん……ホノンは呼びかけに微かな反応を示すが、完全には意識が戻らない。 


「ほのん、ホノンっ!」


 ナギの悲痛な声が森に木霊する。


「いってえ……。ナギ、落ち着けな」


 絶対血出てると思う腹部をさすりながら慌てふためくナギに声を掛けるも、ナギは瞳に涙を溜めて叫び続ける。


「ホノン! ヒール! ヒールぅ!」


 淡い輝きがホノンに纏われるものの、すぐに霧散してしまう。

 なんとかして落ち着かせないとなあ……。


「うぅ、私が一人で森になんて入らなければぁ……」


 俺は涙でべとべとになったナギの顔を掴み、こちらに向けさせた。


「……ナギ、落ち着け。お前が落ち着かないと救えるもんも救えないぞ? お前の本職はヒーラーだろ、仕事を全うしろ。……あと、一人で森に入る勇気があるんだ、大丈夫だよ」


「は、はい……!」


 驚きに目を見開いていたナギだが、気持ちが切り替わったのか未だ意識の戻らないホノンに向き直る。


「ふぅ、落ち着け私……。こんなところで力を発揮できなくて、仲間を救えるわけがないです……! ヒールッ!」


 ナギが放った回復魔法はこれまでより一際強い光を放ち、ホノンの身体を包み込む。

 すると折れていた左腕の骨が治り、その他の細かな傷も回復していた。

 この様子だと、ナギのヒールは成功したようだ。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 肩で息をするナギの表情には安堵の色が含まれていた。

 そんな彼女たちを他所に、俺は目当てのゴーレムの元まで来ていた。


「くはははは、このデカさ! どんくらいの金になるんだろうな」


 未だぷすぷすと黒い煙を上げるゴーレムの死体には多くのヒビが入り、ちょうどいい大きさに分けられそうだった。


「一年位遊んで暮らせるんじゃ? いやもしかしたらもっとかも!」


 そうしてテンションが上がりつつ、持って帰れる限界の量の鉄を集めていると、ナギが話しかけてきた。


「あの……」


「おい、これは俺のだからな」


「いえ、すごく言いづらいんですが、そのゴーレムの鉄、熱で変成しちゃってるので売り物にはならないかと……」


「にぇ?」


「にゃ〜……」


 ぼろり、と俺の手にあった鉄が粉々になって崩れ落ちた。

 背中にいた猫も呆れたように鳴く。


「つ、つまり、このゴーレムは銅貨一枚の価値もないってコト!?」


「……はい」


「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!」


 十分くらい俺はその場から動けなかった。





 しくしくと泣いていると、険のある声が投げかけられる。


「いつまで泣いてんのよ」


 声のする方には寝転んでいるホノンがいる。


「おだまり! わざわざちゃんと詠唱してぶっ放した魔法のせいで大金が吹き飛んだ絶望がお前に分かるのか! ええ!?」


「逆ギレとかやっぱり男って最低ね」


 こいつため息までつきやがった。


「正当な怒りだろ。人のこと煽っといてよく言えるわ。神経図太すぎだろ」


 バチバチとホノンとの間で火花が散る。

 そんな剣呑な雰囲気を感じたナギがフォローに入った。


「ま、まあまあ。ホノン、私たちは助かったんだからそれでいいじゃないですか。それに、えっと……」


「あれ、名前言ってなかったっけ。アークだ」


「アークさんも。あなたほどの実力があればお金なんていくらでも稼げますよ!」


 金になる相手に出会う才能がないんだよ。こっちは。

 とは言えず、黙るしかなかった。


「そして、助けていただいてありがとうございました」


 ナギはそう言って深く腰を折る。

 こうも真っ直ぐ感謝を口に出されると、文句を言うわけにもいかない。


「……今度からは一人で無茶しないようにな」


「はい! ほら、ホノンも」


「え、私も!?」


「アークさんがいなければ私たち死んでたんですから」


ナギがそう諭すと、ホノンは渋々と言った様子で口を開いた。


「……ありがと」


 そうして、この森に出たゴーレム亜種の討伐は無事に終了したのだった。







☆☆☆


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