第11話挑戦


 ドゴォン!

 と超重量の一撃が固い地面を舞い上げる。


 そこに柔らかい物質が潰された感触や、飛び散るはずの赤い水分はなかった。


 ナギはすんでのところで、ホノンが回収していたのだ。


「ナギッ! 一人で森に来たらダメだって言ったでしょ!」


「ほ、ホノンぅ……!」


 死の一歩手前から一旦は生還した状況に大粒の涙をこぼすナギ。

 ホノンは彼女のケアもそこそこに、強敵であるアイアンゴーレム亜種をその双眸で捉える。


「聞いてないかもだけど、アレはただのアイアンゴーレムじゃないわ。微妙だけどミスリルが混じった亜種よ」


「み、ミスリル……!」


 アイアンゴーレムは物理耐性が高いのが特徴のゴーレムである。俊敏ではないものの、物理のみで淘汰するのは困難なこと、一撃の破壊力が脅威であることからCランクに位置付けられている。

 そのゴーレムに魔法耐性が高いミスリルが微量であれど混じったということは、弱点が弱点でなくなるということである。


「下がってて。できるかわからないけど、私がアレを倒すわ」


「な!? ちょっーーー」


「はあぁぁあ!」


 制止するナギの声を無視するようにホノンが裂帛の気合いとともにアイアンゴーレムに迫る。

 超パワー型のゴーレムに、決して力が強い方ではないホノンが取った戦術は、スピードで撹乱して、物理では唯一の弱点である関節を狙うことだった。


「ッチィ!」


 そのまず一太刀目は鋼鉄の体表に弾かれる。

 いくら動きが緩慢といえど、動いているものの一点を狙って切り落とすことは容易なことではない。

 そして今回は自分がタゲを引きながらの戦いである。難易度は格段に高かった。


「GOOOOOOM!!」


「あ、ぶないな!」


 そして敵の攻撃はどんなものでも一撃で戦闘不能になる危険があるもの。

 しっかりと狙って攻撃してくるゴーレムに対して神経をすり減らす。


 そんな戦況の中、先に有効打を入れたのはホノンだった。


「ここ!」


 大きなタメから振り下ろされた左のパンチをかわし、腕が伸び切り一瞬止まった瞬間を狙った斬撃が肘の関節に直撃し、アイアンゴーレムの左腕の肘から下がぶらぶらと制御できなくなった。


「よし……! この調子で行くわよ……!?」


 しかし、形勢が変わったことはマイナスにも作用した。

 痛覚が存在しないゴーレムは先ほどと変わらずに左腕を使用する。

 その結果、不規則に振り回される形となった膝から先が予測できない形でホノンへと襲い掛かったのだ。


「ぐぅ!?」


 ホノンはそれを反射的に体をずらし直撃は免れたものの、左腕を掠めており、それだけで腕があらぬ方向に曲がり使い物にならなくなった。


「GOOM」


 そして痛みに硬直して動けないホノンにトドメを刺すために空いている右腕で攻撃を放つが、ランダム的に暴れた左手が地面を擦り上げて土煙を巻き上げたことにより、奇跡的に攻撃は外れる。


「っ……! マズイわ……」


 そんなラッキーが続かないことはホノンも重々承知。

 しかし、両手で剣を振ってようやく関節を断ち切れる状況で片腕が使えなくなってしまった。


「これは……ナギ、ヒール使えるかしら」


「は、はい。ヒール!」


 状況を回復させるにはそれしか残されていない。

 しかし、一度乱れた心は簡単には落ち着かない。

 ナギのヒールは痛みを緩和する程度でしかなく、剣を握れる状態には程遠かった。


「……ありがとう」


 ホノンはナギだけでも逃げられないか、とナギを見るが、彼女は彼女自身の足も治せていない。

 デッドオアアライブ。

 二人とも生き残るか、二人とも死ぬか。

 生き残るためには、ホノンが眼前の敵を討ち倒すしかなかった。


「私ならやれる……。はぁぁぁあ!」


 再びゴーレムに切り掛かる。

 予測できない左腕の攻撃はできるだけ大きく回避し、右腕の攻撃のカウンターを狙う。

 ホノンに幸いだったのは、このアイアンゴーレムの知能は高くないこと。

 攻撃パターンが全く変わらないため、回避を重ねるごとにホノンの中で反撃のタイミングが明確になっていく。


「今!」


 そして、先ほどと同様に伸び切った右腕にカウンターを仕掛けることに成功した。


 ガギィ……!


 剣は、関節に突き刺さった。


「なっ!? ーーーゔっ」


 だが、抜けなかった。


 関節の半ばまで刺さった剣は片腕では断ち切ることも引き戻すこともできなかった。

 剣がなければ攻撃できない、倒すことができない。剣に固執したその隙が、勝敗を分けた。

 負傷を全く気にすることのない無機質な魔物の第二の腕がホノンを捉え、軽い体が吹き飛ばされた。


「ホノン!」


 ナギの叫びに返ってくるのは沈黙。

 ホノンの意識は無くなっていた。

 どしん、どしんと音を立てて力無く倒れ臥すホノンに向かうアイアンゴーレム。

 巨大な魔物に、ただのヒーラーでしかないナギになす術はなかった。


 敬愛するパーティメンバーが、自分のせいで魔物に無惨にも屠られる景色に絶望した。

 そんな時だった。滔々と流れる詠唱が聞こえたのは。


「ーーー『冷たき闇を滅する始まりの炎よ、我が目前に望む。汝の力、"イカズチ"、"氷雪"を持って彼に救いを。我は想う。汝の力による処罰を』」


複合魔法デュアル薄氷うすらい・雷』」



 詠唱後、大きく下がった気温にぶるり、とナギは思わず身体を震わせた。

 それは、空気すらも凍てつかせるような冷気。

 否、アイアンゴーレムの周りでは空気すらも凍結させていた。

 いくら硬くパワーがあっても、可動域を作る関節はある程度柔らかい。

 そこを凍らされればゴーレムなど、ただのデカブツ、木偶の坊、物言わぬ像。


「GOM!?」


 余裕綽々、悠然とホノンに歩み寄っていたゴーレムも流石に困惑したような音を鳴らした。


「だ、誰がこんな魔法ーーー」

 

「落ちろ、イカズチ」


 目が爆発したような強烈な光に包まれる一瞬の間にナギが見た人物は、今朝自分が勧誘しようとして、情けなく退いてしまった黒髪の男だった。


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