第10話再会

 いつもの森の中、ナギは息を切らしながら凸凹が酷い道なき道を走る。


 ナギは二日連続で自分には手に負えない魔物に出会う不運な自分自身を呪った。

 そして、アイアンゴーレムというCランクの魔物相手に逃げ回るしかできない自分の弱さをもっと呪った。


「はっ、はっ、はっ……なんでこんなことに……!」


 彼女はそこまで森深くに足を運んだわけではない。アークや白パンさんホノンがいた場所までも進んでいない。

 昨日の反省を踏まえ、今日は浅い部分で安全マージンを取りながら弱い敵を相手にしようと考えていたのである。

 それなのに、何故か森の奥にしかいないはずのアイアンゴーレムが目の前に現れた。


「GOOOOM!」


「きゃあっ!」


 圧倒的な質量を持つ腕が振り下ろされ、ナギがそれを必死に避ける。そんな構図がしばらく続いていた。


 しかし、それも長くは続かない。人間には体力の限界があるが、ゴーレムは体内に仕込まれた魔石によってそれがなく、移動についてもナギは木々を避け、木の根を飛び越えながら移動する必要があるのに対してアイアンゴーレムにとって木など気にする必要のないものだった。


「あっ……!」


 乳酸が溜まり、次第に上がらなくなった足が地面から隆起した根っこに引っかかり、前に倒れる。

 不運にも足が変な引っかかり方をしたまま倒れたため、ナギは強く足首を捻っていた。


「〜〜っ、ひ、ヒール!」


 淡い輝きが自身の足首を包むが、強い痛みと明確な死の恐怖から集中を欠いた回復魔法では大きな効果を得られない。


「GOOOM」


「ひ、ヒール! ヒール!」


 着実に近づく強い揺れに、ナギは半ば恐慌状態になりながらヒールを連発する。


「ヒールっ! ……あ」


 やがて、その巨体の影がナギの小さな体を覆った。

 ナギを見下ろす無機質な顔は、これから己の手によってか弱い命を散らすナギへの嗜虐を備えているようにも見えた。

 己を確実に殺すその鉄腕が振り上げられたのを見て、ナギは悪足掻きすることもできず、その瞬間を迎えた。









「うーん、雑魚ばっかだわ」


 静かな森の中、多くの魔物の血が散乱した中心に俺は立っている。

 周囲に散らかっているのはいわゆる雑魚魔物であり、大した金にならない労力を俺は使わされたことになる。


「ゴブリンとか素材を持ち帰る気にならんよなあ」


 昨日のナイフバード一匹で金貨十枚というまあまあな大金を稼いだ俺は、はした金にしかならない雑魚の素材を回収する気分にはなれなかった。



 そんな気持ちは、一時間同じ状況が続けば消え失せていた。


「な、なんで俺の前に現れるのはどうしようもない雑魚ばっかなんだ!?」


 一時間もの間見えた魔物を即殺して森を探索していたが、出現するのはFランク冒険者が比較的安全に狩れるような魔物だけ。

 こんなことが続けば小銭にしかならないゴブリンの回収を考えるようにもなった。


「……ゴブリンってどこ剥ぎ取ればいいんだ?」


 雑に殺して体がズタズタなゴブリンを見下ろし、一人呟く。

 あれだけ放置してきたゴブリンの素材に手を出すくらい、俺には狙いの敵と出会う運のようなものがないのかもしれない。


「とほほ……こんなことならよく会う魔物の剥ぎ取り方法くらい聞いとくべきだった……」


 金にほんの少しの余裕があるとはいえ、こんな日々が続けば野垂れ死ぬのは明白だ。今日は粘って少しでも高い魔物を殺さねば!


「ーーーピュイ」


「ん?」


 なんか聞き覚えのある鳴き声が聞こえた気がする。


「ピュピュイ」


 ……うっ、白いパンツと緊縛が頭に浮かぶ。


「今日は魔物が多いわね、ピィーーーってあんたは……」


 森の奥から現れたのは、先日俺を森の肥料にしようとした子どもドラゴンと白パンさんだった。


「げ……白パンさんじゃん。なんでここに」


 たしかこいつもナギのパーティメンバーだったよな。


「ちょ、忘れなさいよ!」


 そう叫ぶと、白パンさんは持っている剣に手をかける。


「キレてから殺害を考えるまでが早すぎるだろ! どうなってんだ!」


「む……それもそうね」


 必死にツッコむと白パンさんは意外と素直に武器をしまってくれた。


「なによ、そんな珍しいものを見るような顔して」


「いや……」


「そ。で、なんであんたがここにいるのよ」


「……まぁ、冒険者だから」


 なんでこいつ一回殺害リーチかけた相手に平然と会話できるんだ?

 普通気まずいだろ。そうでなくても俺が通報してたらお縄だぞ!?

 と混乱しながらも適当な返事をする。


「私一人に簡単に捕まってやられるくらいの実力じゃ、ソロでこんな奥地にまで来るのは無謀だと思うけど」


「余計なお世話だよ。てか白パンさんは俺が通報しなかったことに感謝しろよ」


「はぁ? なによ、その脅しで何かしようってわけ? ホント最低ね」


 あまりに傲慢な態度にイライラして煽ると、白パンさんは自らの体を抱きしめるようにして軽蔑の視線を俺に送る。


「一言もそんなこと言ってないだろ。……はあ。そのうち痛い目見ないといいな」


 男嫌いだとかそんなことは関係ない。

 命を奪いかけたことにすら謝罪であったりそのような態度が見られないことに俺は心底呆れた。

 度を超えた行いに、自分に矢印を向けられない性格、それはいつか自分に返ってくるかもしれないな。


「そっちこそ大きなお世話よ。ふん、男になんて頼らなくても幸せになれるわ」


「関係ねー」


 男であるかどうか一切関係ないな。


「きゃぁぁぁ!」


 ドシィン……


 そんな感じで全くと言っていいほど噛み合わない会話に辟易としていると、昨日と同じような悲鳴と地響きが俺の耳に届いた。


「なんかすんごいデジャヴ感じるなおい」


「この声……ナギ!?」


「ピュイッ!」


 こんなこと二日連続起こる? と悠長に考えている間に、白パンさんと子どもドラゴンは焦ったように悲鳴の方向へと駆け出した。


「自己判断だしなぁ。でも、流石に昨日今日話した仲の人を何もせず見放すのは罪悪感えぐいか」


 そして、少し離れたところですら地面の揺れを感じるほどの巨体の持ち主、もしかしたら高く売れるかもしれないという打算も少し持ち合わせて俺も白パンさんの後を追った。







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