第8話ナンパ

 アーク(主人公)が食い逃げをする少し前。


 白パンさんことホノン、青髪の凛々しい目つきのミリア、そしてシスター少女のナギの会議はまだ終わっていなかった。


「だから、王都に行くには早すぎるって言ってるよね! あたしの事情で二人を危険に巻き込みたくないんだ!」


「ミリアの話だけじゃないわよ。私たちだっていつまでも田舎で燻ってるわけにはいかない。いつかは挑戦しないと行けないのよ!」


「私も、やらないで後悔するよりやりたいです」


「でも……!」


 三人の話し合いは進展せず、それぞれの意見がぶつかり合う状態である。


「ミリア、あなたのお母さんが病で大変だという時に、私たちが自分たちのことばかりに夢中になんてなれません。もしそれで最悪の事態になれば、私はすごく後悔しますし、自分を嫌いになります」


「う……」


 王都行きに反対するミリアを真っ直ぐと見て、ナギは力強く話す。

 彼女たちはそれぞれを尊重し、大切に思っているからこそお互いに譲らないのだ。


「私もよ。やれることもやらないで諦めるのはイヤ」


「二人とも……。でも、あたしは譲れない」


「なんで!」


 しかし、ミリアは折れない。

 なぜなら。


「あたしの見立てじゃ……いや、誰が見ても今のあたしたちだけじゃ王都でお金を稼ぐことはできないと思うから」


 それは、当事者であるミリアが誰よりも母を助けたいと思い、自分たちの実力を加味してどうすればお金をたくさん稼げるかを考えていたから。

 そして、その際に王都に行くことも当然考えていた。

 しかし、物価が高く冒険者のレベルも高い王都では、少し離れた地域に出没する地方の街には手に負えない強力な魔物討伐の依頼を受けることや、厚い信頼を勝ち取り貴族や有力な商人などの護衛を受けるなど、実力や知名度が必要になる。

 それらを考えた時、自分たちは明確に実力不足だとミリアは認識していた。


「っ……もういいわ。今日は帰る」


「……」


 必死の説得も叶わず、冷静に拒否されたやるせなさを噛み締めたホノンはお金を置いて酒場を後にする。続いてミリアも俯いたまま、夜の闇に消えていった。


「……やっぱり、新しい人を入れるしかないですよね」


 その背中を見つめるナギは、一つの決意を固めるのだった。





「……はぁ」


 一人街を歩くミリアは床に伏せる母親の心配と、自分たちを助けようとしてくれる仲間を突き放す辛さにため息をこぼす。


「最近は順調だったのに、なんで……」


 理解ある仲間とパーティを組み、一年掛けて着実にランクを積み上げてきた。

 そしてもうすぐCランクだというところで大切な母親の病気。


「姉ちゃん、奢るからそこの店いかない?」


 そんな時にナンパ二人に声をかけられる。


「……」


「姉ちゃん?」


「ち、無視すんなよ」


 思考に耽るミリアにはナンパの声は届かず、図らずしも無視した形になる。

 実際、声が聞こえていたとしても結果は変わらなかったかもしれないが。


「おいーーぐあ!?」


 痺れを切らしたナンパがミリアに体に触れた瞬間、溢れ出した魔力が一人を吹き飛ばした。


「触れるなよ下衆共」


 そして尻餅をついた二人を睥睨し、ミリアはその場を後にした。


「ち、ほんと最悪……」


 ミリアは心の底から嫌悪する"男"に触れられたことに体を震わす。

 口では強がっているものの、精神は酷く動揺しその青い瞳は潤んでいた。


「早く家に帰って身体洗わないと……」


 そしてその動揺は焦りを生み、嫌悪感から家への近道を選択する。

 それはつまり、普段は通らない人通りの少ない路地を行くことになる。


「穢らわしいーーーっ!?」


「姉ちゃん、さっきは舐めた真似してくれたな?」


 どん、と街の汚れが溜まったような汚れた壁にミリアは叩きつけられた。


「あ、あんたたちはさっきのっ!?」


「ど〜もぉ。ダメだぜ女が一人でこんな路地に入っちゃあ」


「はな、せ!」


「う!?」


「おら!」


 下卑た笑みを浮かべる二人に対して魔法を放つが、精神が不安定な今まともに発動しない。かろうじて控えている一人に当たり、意識を刈り取るがそれまで。

 魔法の発動と同時に腹部を殴打され、抵抗する気力さえも奪われた。


「ぅ……」


「ち、よくもやってくれたな。まぁいい、この借りはあとでゆっくり返してもらうからな」


「っ……!」


 醜悪に歪む男の顔に、ミリアは過去の出来事を想起して身体が固まる。

 力で敵わず、トラウマに精神を大きく乱されたミリアにはもはや抗うことはできず、このままではこの男たちに凌辱されるのを待つだけだった。

 絶望のみを胸に、ミリアは目を瞑る。

 その時だった。


「げはは、たぁっっっぷり痛めつけて可愛がってやるーーーギョエ!?」


 愉快げな声から一転して、カエルが潰れたような声を最後に静寂が訪れた。


「……ぇ?」


 ミリアを押さえつけていた手が無くなり思わず目を開けると、眼前の男は地面で伸びている。


「な、なんで……。いったい誰が……?」


 頭の中が疑問で埋まるミリアが視界の端に捉えたのは、慌てて走り去る黒髪の青年だった。


「ちょ、ちょっと! ……行ってしまった」


 危機は去ったものの、憔悴したミリアに青年を追いかける気力はなかった。

 彼女は大きな道を通って家に帰るのだった。

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