第7話タダ飯
俺と猫は近くの酒場に足を運び、一日の疲労を労っている。
「ぷはぁ、つかれたー」
果実のジュースと飯を食らい、猫にも味付けがされていない肉をやる。
「にゃむにゃむ」
美味そうに齧り付く猫を見ながら、今日のことを振り返る。
「魔物は雑魚いけど、この街貴族よりクセの強いやつ多すぎないか……?」
魔物討伐自体は大した労力を使ってはいないのだ。感じの悪いおっさんぶつけ青髪女だったり、おどおど男嫌いシスター少女だったりと、必要以上に神経を使う人としか出会っていない。
ギルドの受付嬢はゴールドヘアのお淑やか美人だったので、そこだけが今日の救いだ。
そうして昨日食べてない分までたらふく飯を食い終わり、だらだらドリンクを飲んでいると、テーブルの前に四人の集団が現れた。
「隣、いいか?」
声をかけてきたのは金髪の野性味溢れるワイルドな風貌の男。
後ろに女二人と男一人が控えている。
「……や、俺はもう帰るから空けるよ」
「待ってくれ、俺たちは君と話がしたいんだ」
席を立とうとする俺を制止するワイルド男。
「……ふむ、わかった」
目を見るに敵意は感じない。そして格好からして冒険者であろう。
ちょっとギルドで騒いじゃったから興味半分で近寄ってきたのだと推測する。
まあ、俺がそんな向こうの興味に付き合う都合のいい人間ではない。
俺が同席を許可した理由は、奴らの圧にビビったわけでもなく、上手いことやったら飯代をたかれると考えたからだ。
「ありがとう。俺はエギル。俺たちは『常勝無敗』というCランク冒険者パーティだ」
「どうも」
「聞いたぞ、ナイフバードの翼を素晴らしい状態で持ち帰ったということを。今日冒険者登録をしたばかりだというのにすごいことだ」
「はあ」
だらだらと話をするエギル。
俺こういう長ったらしい話するやつ苦手なんだよな。貴族でこういう無駄に喋って語彙をひけらかしたりマウントをさりげなく取る文化あるけど、マジで嫌いだったし。
「君の実力なら俺たちのパーティに入れるかもしれない。良かったら一度仮入隊という形でパーティに参加してみないか? それで俺たちに合うなら正式加入、という形でどうだ?」
仮入隊、ね。
確かに俺の戦いを見ていないならば一度試用して確かめるのは合理的である。
Fランクの人間からすれば一気にCランクに駆け上がる大チャンスなのだろう。
でもなあ。
「……いや、いいよ。誘いはありがたいけど、高ランクになりたいわけでもないし、有名になりたいわけでもないんでね」
別にランクを上げなくても適当に魔物を狩ってれば金は入るし、有名になると元俺の家から目をつけられて人生の邪魔をされかねない。
それに俺の所在がバレたくない人もいるし……。
「おい、エギルがせっかく勧誘してやってるのに断るだと!」
俺の態度が腹に据えかねたのか、横に座る赤髪のヒョロガリ男が怒鳴る。
ここだぁ!
「ひっ」
「わかったなら考えなおせよ!」
肩を振るわせ怯えるふりをすると、気をよくした赤髪が更に強い言葉を吐く。
「おいゴボーやめろ」
「エギル! この街で最高ランクの俺たちの誘いを断ったんだぞ! 面目が立たねえ!」
いいぞゴボー! もっとやれ!
「いいか! 俺たちに歯向かうってことはこの街で冒険者をやっていけないってことだ! わかったか!?」
ゴボーの心がヒートアップしたところでちょうど店員が通りかかった。
「店員さん、助けて!」
その声で店員がこちらを向き、同時にゴボーは慌てて閉口する。
「どうされました、って常勝無敗の皆さんじゃないですか」
「あ、いや、なんでもないんだ。なんでも。な? ーーーってあれ? あいつどこに……」
キョロキョロと赤髪が俺を探すが、もうそこには誰もいない。
店員に意識が向いた瞬間、俺と猫はその場から逃走していたのだ。
「くはは! まあブランドに傷がつくことを考えれば安いもんだろ!」
ただ飯の後の夜風は最高に気持ちよかった。
「よっと」
そして全てが上手く行ったことに気持ちがよかった俺は地面に転がる石ころを路地裏に向けて蹴り飛ばす。
「ギョエ!?」
すると潰れたカエルみたいな悲鳴が奥から上がった。
「あ……」
やっちゃった……!
思考が停止し、数秒間立ち尽くす俺。
どうしよう、助けに行くか? いやでもそれで慰謝料とか払うのも無理だし……いやでも無視して死んでたら俺殺人犯じゃん。行く……いや待て、周りには誰もいない。そして石ころをただ蹴っただけだ、魔力痕も残らないしバレないだろ。よし、逃げろ!
俺は全力でその場から走り去った。
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