第3話 動き出す者

 石や木の壁で覆われた街、フランカ。

 規模は中くらい、栄えているかといえば栄えている、周囲に出没する魔物もそこそこの特筆することのない都市に俺はやって来た。


「入街書は?」


「ないです」


「身元が分かるものは?」  


「あー……」


 門兵の問いかけに対して、返答に困る。

 グラード家の家紋とかは所持しているが、一応追放されているわけだから出していいものなのかどうか。


「なんだい、兄ちゃん若えのに訳ありか?」


「うーん……まぁいいか、そうなんですよね。今日家から勘当されちゃってて。家の家紋ならあるんですけど、効力あるかどうか分からなくて悩んでたんですよ」


 そう言ってグラード子爵家の家紋を見せる。


「……これはグラード家の。うーむ……貴族の家紋を騙ると死罪だし、偽物でもなさそうだ。まぁいい、見ると無害そうな顔してるし入りな」


「いいんですか! いやー助かります〜」


 気のいい門兵のおかげで無事街に入ることができた。

 まずやることは宿探しと職探しだが、職探しについては冒険者とか戦闘職が適しているので迷うことはない。

 となると宿探しが重要になってくる。


 あの白パンさんのせいで結局道中金になる魔物が見つからず、予算に余裕がない。

 安宿で一日泊まって翌日、冒険者ギルドで登録をし、速攻で魔物を狩って金に替えよう。


「さてと、それよりもまずは飯だ!」


 腹が減っては戦はできぬし思考もできませんからねえ。


「肉丼一つ!」


「はいよ」


 俺が選んだのはよく言えば歴史を感じる昔馴染みの大衆的な店。悪く言えばボロっちい汚ねえ店だ。

 貴族だった頃は小綺麗な店ばかり行かされて、作法だの味はどうだの品評するとかいう面倒なことをさせられていたが、実はこういうお店に入ってみたかったんだよ。

 本当に美味いからこそ長くやってるはずだ。


 そうして運ばれて来たのはボアの肉をふんだんに使った、シンプルに焼いた肉をご飯の上に乗せ、タレを掛けたどんぶり。


「いただきます」


 ぱちん、と手を合わせていざ、実食。


「ーーうまぁ!!」


 THE SIMPLE。

 肉の旨みがダイレクトに味覚を刺激する、力強い味。

 普段食べることのできなかったこの庶民的な味に俺は感動すら覚えた。


「いやーこういうのもまたグルメだ」


 肉丼を味わっていると、隣に座っていた金髪の女性がこちらを睨んでくる。


「ぶつぶつ喋らないでもらえます? 気持ち悪いので」


「…………」


 開口一番とんでもないことを言われた気がする。

 喧嘩かな? 買うよ?


「返す言葉がありませんか? ふん、これだから男は……」


 呆れたように首を振り、食べ終わった丼をテーブルに置いた女性は席を立ち、出て行った。


「……かっちーん。その喧嘩、買うぞッ! ーーご飯食べたあとに」


 俺はひとまずこのどんぶりを完食することに精を出した。


 そうして腹ごしらえをした後は、宿探しである。

 あの女を探すには時間が経ち過ぎたので、今は忘れることにした。


 しかし、宿探しは難航することになる。 

 一軒目。


「予算はこれなんですけど」


「ちょっと少ないかなあ」


 二軒目


「一人なんですけど」


「空いてないなあ」


 三軒目


「ここって」

「今日は満杯」


 四軒目


「あの」

「無理」


 といった具合に、ある程度安価でしっかりしている宿屋はほぼ全て埋まっており、なかなか見つからない状態だった。


「まじかよ……」


 結局俺は寒い中路上で眠ることとなった。



 ☆☆☆



 時は少し戻り、アーク(主人公)が追放されてから数時間後。彼が宿を探し求めてる時間帯。

 ある貴族の令嬢が物憂げな表情で窓の外から自らを照らす月を見つめていた。


「……アーク」


 いくら手を伸ばしても、大きな月にも、愛しの彼にも届くことはない。

 ゆっくりと愛を深めて相思相愛のまま結婚したいと考えている間に、アークはどこぞの伯爵家に取られてしまった。

 そんな悲壮感が女性から漂っていた。

 

 その時、こんこんと扉がノックされる。


「入れ」


「失礼します」


 入って来たのは幼い頃から行動を共にする、最も信頼の置けるメイド。


「お嬢様、嬉しい報告と悲しい報告があります。どちらからお話ししましょうか」


「そんな気分じゃないけど……悲しい方から」


「お嬢様の体重が二キロ増えてーー」

「わ、わーわー! そんなの聞きたくないよ!」


 令嬢は慌てて耳を塞ぐ。


「失礼しました」


「もうっ! ……それじゃ、良い方は?」


「はい」


 クールな印象を受けるメイドが口端を少し吊り上げる。


「お嬢様の愛しいアーク様ですが、縁談が破談になったらしいですよ」


「な、本当かい!?」


 赤いショートヘアのボーイッシュな印象を感じさせる令嬢は驚愕と歓喜がない混ぜになった表情を浮かべた。


「そうでございますティアお嬢様。息のかかっている者の話によりますと、伯爵家のババーーお年を召された方がアーク様の顔立ちや才能もろもろを気に入り、財政難のグラード家に資金援助をちらつかせて縁談を組んだのはご存知ですよね?」


 夜のような黒髪のメイドの問いかけに、ティアと呼ばれた令嬢はもちろん、と返す。


「だってボクのアークが奪われたって絶望してたんだから!」


「存じております。アーク様はその縁談をぶっちし、領地に現れたワイバーンの討伐を行いました。その結果伯爵家は激怒しグラード家を責めたて、責め立てられたグラード家の領主が怒り狂ってアーク様を追放した、ということらしいです」


「見る目ないよね!」


 不満を言いつつも、ティアは内心歓喜乱舞していた。

 奪われたと思っていた彼が縁談をすっぽかしたことで、まだチャンスが残っていたのだ。

 まだツキは残っていると感じると同時に、これからはゆっくり愛を深めるなんて言ってられない、行動あるのみ! と意気込む。


「ヨル! アークはどこに行ったの?」


「フランカの方角に出立したと」


「明日すぐに出るよ! もうゆっくりなんてしてられない!」


「承知しました」


 アークをめぐり、一人の女性が動き出した。

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