第2話 白いパンツ

 領主である父から追放を言い渡されたので、当然領内にいるわけにもいかない。

 そこで、ひとまず最寄りの大きな街に移動することに決め、こっそりと貯めておいたお金で必要なものを買い街を出た。


「流石に馬車とかに同行させてもらうわけにも行かないしなあ。親父が変な命令出してたら迷惑かかるかもだし」


 なんて宣いながら、整備された道を歩いていく。

 左右を木々に囲まれた石畳の街道は鳥の囀りや動物たちの出す音が稀に聞こえ、自然を感じられて非常に歩きがいのある雰囲気だ。


 この辺りに出てくる動物や魔物は俺の敵ではないためぴりぴりせずにのんびりできるところも高評価である。


「あと、金もあるわけじゃないから道中で適当な魔物を狩っておくのもアリだな……。手頃で小さめなら持ち運びもしやすいか」


 そんな風に思考の海に沈んでるそのときだった。


「……ピュイ」


「!?」


 俺の耳にドラゴンの子どもらしき鳴き声が微かに届いたのは。

 すぐさま集中モードに入り、辺りを見渡す。


 すると、森の奥に小さな翼が見えた。


「……あいつを売れば……ぐへへ」


 思わず悪者笑いが出てしまったが、それだけ垂涎の魔物である。


 ワイバーンなどとは比較にならないほど大人のドラゴンは強力な魔物であり、知能も高いため人間と信頼関係を築ける。


 それだけに、価値が非常に高い魔物なのである。


「なんでこの森にいるかは知らないが、ラッキー! 待ってろよ俺の金ッ!」


 俺は我を忘れてドラゴンに駆け出した。


「ピュ!? ぴーっ!」


 しかし流石はドラゴンと言ったところか、早い段階で俺に気付き、ぱたぱたと翼をはためかせながら走って逃げていく。


「待てや!」


 だが俺も黙っているはずはなく、足場の悪い森を颯爽と走り抜け追い縋るが、ドラゴンになかなか追いつけない。


「おらっ!」


 氷を地面に展開し、ドラゴンの脚を奪おうとする。


「ぴゅぴゅ!?」


 しかしそれを察知したドラゴンは翼を使って飛び上がり、氷で脚を滑らすことを回避した。

 そのような攻防を繰り返していると、ドラゴンが誰かに何かを伝えるように鳴き出す。


「ぴー! ぴー!」


「待て! お前は俺の肥やしになるんだよ!」


 ちょうど目の前が開けた場所になっている。


 そんなことに気づかず、俺は目前に迫ったドラゴンをキャッチするためにヘッドスライディングの要領で飛び込んだ。


「ぴーっ!」


「おらぁ! 観念しろや!」


「ピィ!? どこに行ってたのーーってきゃあっ!?」


 ずさぁっ、と地面を滑り顔を上げるも狙いのドラゴンは俺の手にはない。

 あと数センチのところで上手く回避されたらしい。


「あ、あ……」


「ん?」


 そして何故か俺の頭の上から人の声がする。

 なんだろうと思って首を捻って上を見る。


 そこにはエデン《白パン》が広がっていた。


「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」


 絶叫の後、側頭部に強い衝撃が走り俺は意識を失った。




「う……」


 目を覚ますと、そこは見慣れた森の中だった。

 側頭部はもちろん、項垂れた体勢で寝ていたのか首の後ろ側が痛む。


「起きたようね」


 棘のある声音が飛んできた方向に視線を向けると、そこにはさっきの白パンさんが腕を組んでこちらを睨みつけていた。


「どうも。とりあえずこれ解いてくんない?」


「嫌よ」


 俺を木と一体化させている縄に目線を送るも、一蹴される。


「俺この木と一生添い遂げるの嫌なんだけど」


「大丈夫よ、一生はもうすぐ終わるから」


「ひでえな」


 鋭い目つきで心無い言葉を掛ける白パンさんは、ブロンドの髪を肩くらいまで伸ばした剣士のようだった。

 元々凛々しい顔立ちをしていそうな雰囲気だったが、今敵意マックスなため正確には分からないが。


「ごめんって、パンツ見ちゃったのは謝るから許してよ白パンさん」


「白ぱーー忘れなさいバカ! 女の子のパンツを覗くなんて変態! 死刑よ死刑!」


「うん、ごめん」


 思わず口に出してしまったが、流石に俺もこれはないと思う。猛省。


「そこはすぐ謝るんだ……じゃなくて、あんたはもうすぐ虫の餌になるのよ! 身体中に甘い蜜塗っといてあげたから」


 道理で甘い匂いがぷんぷんするわけだ……じゃなくて。

 サラッととんでもないことを吐かすこの女。

 パンツ見ただけで虫に食われて死ぬ罰とか重すぎるだろ。


「はぁ!? パンツは事故だろ。俺はただその辺にいたドラゴンの子どもを狙ってただけで、特に危害は加えてないだろ!」


 殴ったわけでもないし、怪我させたわけでもない。

 パンツも見て減るもんじゃないだろ! 

 ドラゴンが白パンさんのペットなわけないし、ここまで酷い仕打ちをされる意味が分からない。


「やっぱり……。この子は私の相棒なのよ! やっと本性出したわねこのクズ! そこで野垂れ死んでろ!」


 あ。

 ペットらしい。


 肩を怒りで揺らしながら白パンさんはドラゴンと一緒にどこかへ行ってしまった。


 残されたのは俺一人。


「……さてと」


 ばちぃ、と電気が流れ、俺を拘束していた縄が焼き切れる。

 無事解放された俺は近くの川で自分を洗い流し、蜜を綺麗に落とす。


「ふ〜〜。酷い目に遭った」


 ま、冷静に考えて野良のドラゴンがこんな場所にいるはずがない。


「俺だったから茶番で済んだけど、一般人だった普通に拷問死だったぞ」


 流石に話も聞かずにやりすぎだよなぁ、とぼやきながら俺は街に向かって再び歩き出した。

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