第一章 海の惑星編

第四話「姫と王子の災難」

 緊急任務:依頼者マリエルの救出、『海の魔女』の正体の捜索、及び討伐

 遂行者:八岐大蛇、アレス

 犠牲者:0名





 三号惑星リヴァイス。それはネフティス内でのみ呼ばれる水星の別称。そこは海に囲まれた惑星であり、様々な魚や生き物が住んでいる。

 

 普段から争い事がなく、平和な日常が永遠に続いてたはずだった。



『海の魔女』さえ現れなければ――






――――――――――――――――――――


 三号惑星リヴァイス 海中――


「地球の皆さん、こんにちは! 私達の世界へようこそ♡ あなた達の世界はどう? 

 うんうん(聞いてるふり)……へぇ〜っ! 人間って本当に幸せね! あぁ〜、あなた達の世界で暮らせたらどんなにステキかしら!?

 あ、誤解しないでね、海は大好きよ。でも、何かが足りないような気がしてならないの」


 長い赤髪の人魚が何も無い所で誰かに話している途中、青い魚と貝の殻を被ったカニが近づいてきた。


「マリエル〜! いたいた!! ここにいると思ったよ〜!」


「全く、マリエルは本当に人間が好きなんだから……。

 コホンッ、ようこそ人間の皆さん。その人は最近人間の世界に行きたいとか変なことを言っているんだよ」


「はぁ……、また始まったよ……二人だけの謎の劇場が」


 マリエルとルイス。二人による地球人に対するトークショーの間に挟まれたセンリは深いため息を吐く。



「変なことじゃないわ。ただ興味がある、それだけよ?」

「君は本当におかしな子だ。人間に興味をもつなんて」


「まぁ、ルイス。私はただ一生この海の下でお父様の思い通りのまま暮らすのはどうかしらって思っただけよ。地球には海には無いような見るものがたくさんあるのよ。

 もし、私にも足があって……太陽の光を浴びながらたった1日だけでも人間になることができて、そしてステキな王子様と一緒に歩けたら……!

 うふっ♡ 私はこの世で1番幸せな人魚だわ!!」


 変な妄想であることは自分でも分かっている。王子には大切な人がいる事くらい分かってる。

 でも、憧れるのだ。たとえ人魚だろうと何だろうとそれは同じだ。

 あらゆる女の子が皆一度は経験することだと思うから。


 だからこの妄想は生理現象みたいなものなのだ。


 妄想しながらそんな屁理屈を考えていると、いきなり青い魚……センリが割り込む。



「あ、あのさマリエル、この世界の中にも見るものはたくさん……あ、あるよ〜」


「例えば?」


「た、例えば〜っ、海藻の森や珊瑚さんごの草原とか〜……、良かったら、その王子様じゃなくてぼぼ、僕と行こうよ」


「えぇ〜っ、あなたと行くの?」



 マリエルはすごく面倒な表情で言った。


 魚じゃない。私は王子様と行きたいのに。それと今、こんな事を言っている場合ではない。


「えっと……い、行きたくないの?」



「えっとね、最近この世界に『魔女』が現れたでしょ? その魔女によって今この世界が壊れかけてるのよ」


「えぇっと、マリエル……、つまり海藻の森とか珊瑚の草原とかも」


「えぇ。壊されたわ。だから地球に助けを求めたのよ」


 内心この魚とデートしたくないのも、突如現れた『魔女』によって海が壊されているのも事実だ。


 ……まぁ、前者は口に出さないけど。



 青い魚のデートの誘いが失敗した後、何かの異変にルイスが気づく。



「マリエル、センリ。上から何か降ってきそうじゃないか?」


「「え?」」


 上を見ても、何かが落ちるような影は無い。


 海底だからか。否、そもそも何かが落ちる気配すらしない。


「えっ? ルイス、何も降ってこないよ」


 気のせいだと思っているのも束の間。センリだけでなく、マリエルも異変に気づいてた。


「あっ! に、人間が降ってくるわよ!」

「に、人間っ!?」

「皆離れろ!!」


 魚達が一斉に様々な方向へ逃げた途端、黒と白の何かがリヴァイスの海底に沈んだ。

  


「「うぉぁぁぁぁあああああ!!!」」

「きゃあああああああああっっっ!!!」


 海に当たった衝撃で背中が痛い。その次に冷たい海が全身を濡らす。終いには海底へと引き摺り込まれる。

 

 リヴァイスの海にこれまで無いレベルの水飛沫みずしぶきが上がった。





――――――――――――――――――――



 海の惑星リヴァイス。だからと言って海しかないと言うわけではない。


 これでもちゃんとした陸地があり、そこには人間が生きているのだ。

 その陸地の中心にはここ王都レイブンがあり、毎日多くの人で賑わっている。


 そして、王都を360°見渡せる程大きいレイブン城は、正に王国の象徴である。


 そんなレイブン城には、カルマと呼ばれる王子が住んでいた。


 カルマは将来自分が国王になることに興味がなく、そんなことよりもカルマは陸地より遥かに大きく、広く、自由な海に憧れていた。



「はぁ……っ、国王になるためだか何だか知らねぇけど学問とか宗教とかもう訳分からん!」


「おい、カルマ! ちゃんとしてくれないと学友やってる俺が国王様に叱られるだろ!」


「しょーがねぇよ。それがじいの仕事だろ?」


「誰がだじいっつーの! 髪の色だけだろがい!!」


王子に『じい』と呼ばれている白髪の青年。


 彼の名はエイジ。カルマの学友であり、カルマを国王として相応しくなるよう毎日勉強を教えている。


「俺はあああっ! 国を治めるとか自分の名誉なんか興味ねぇんだ! 

 それよりも海! 冒険!! 俺は海に行きてぇんだああっ!!! じいぃぃっ! 船を出せぇぇ!!」


じいじゃねぇって言ってるだろぉぉぉっ!!!」



 激しい言い合いの中、二人は何とか心を落ち着かせるべく深呼吸をする。


「おい、船はどこに行った?」

「あのなぁカルマ。船に乗るなら緊急事態のために泳げなきゃいけないんだぞ。

 カルマ、お前は泳げないんだ。だから、まずは練習だ」

「はぁ? 練習ぅ〜? めぇんどくせぇなぁ〜!」


 冒険に行きたいとはいえ、それに至るまでの過程がとてつもなく面倒くさい。


 だが当然、練習をしなければ実践は出来ない。数学でいう公式を学ばずに関数の応用問題に挑むようなものだ。


 楽しようと思ってるカルマに対して、エイジは何とかカルマのやる気ボタンを押すために説得する。


「いいか、カルマ! 泳げるようになったら船に乗ってもいいって国王様が言ってたぞ。俺が泳ぎのコーチしてやるから、しっかり練習しようぜ」

「は? マジで!? ホントかよじい!!」

「だからじいじゃねぇよ俺は。次じいって言ったら泳ぎの練習してやらねぇぞ」

「はいはい……。じゃ、始めようか、エイジ君」


 カルマのやる気ボタンはあっさり押すことが出来た。


 果たしてどこまで続くかどうか――




――――――――――――――――――――



 王都レイブン ファスカ城 プール室――


 部屋一面に50メートルの長さのプールが設置されている。


 普段は王国の兵士が海中戦を想定して、海中戦用の装備をつけて訓練したり鎧を身に着けたまま泳いだりするときに使用される。


 今回は国王様の許可あってか、この部屋全て貸し切りにすることが出来た。


 そんな国王様に感謝しつつ、カルマとエイジは入念にストレッチを行った後すぐにプールの中に入った。



「まずは俺が手本を見せてやるから、しっかりその目で見ろよ?」



 エイジはそう言ってプールの中に潜った。


 さあ、どんな感じで泳ぐのか……。



 と思ってた時だった。エイジは水面から脚を突き出し、様々な方向へ水飛沫を散らしながら素早く動かしていた。


「おい、エイジ。言ってることとやってることが全く違うじゃねぇか!」


 カルマは拍子抜けしたような顔をしてエイジに言った。だがエイジは、その言葉を無視するかのようにカルマに言った。


「どうだカルマっ! 上手いだろ?」


 確かにエイジのそれは脚の動きにとてもキレがあって綺麗ではあったが……


 いやいや、そういう問題ではない。


「確かに上手いけどなぁ、それはシンクロだろ? 俺が教わりたいのは泳ぎ方なんだがよ」

「シンクロだと……? ふ、古臭いなぁ〜!

 今は『アーティスティック・スイミング』って言うんだぞ! アートだぞアート!! 芸術だぞ!!!」



 あぁ、ダメだこりゃ。真面目にこいつに泳ぎ教わろうとした俺が馬鹿だわ。


 シンクロなんて船乗るのにどこで使うんだよ。幼いときにスイミングスクール入るべきだったな……


「ということでほらっ! カルマも早く入ってこい!!」

「はぁ……、思ったのと違って幻滅してるぜ……」


 幼い頃から水泳を学ぶべきだったと今更後悔しているカルマだが、なんやかんやでシンクロを教わった。




 このシンクロが吉とでるか凶とでるかはまだ誰も知らない。







 1ヶ月後――


 意味もあるかどうかも分からないシンクロを教わったカルマ王子はついに、国王に許可を得てエイジと共に船で憧れの広い海に出ることになった。


 手漕ぎ式の小さい船だが、二人なら余裕で乗れる。乗った後すぐにカルマが二本のオールを掴み、一気に海をぐ。


 船はぐんぐん進んでいき、20分も経たずに王国が小さく見えるほど遠くなっていく。



「いや〜っ! やっぱり海はええな〜!!」

「カルマ、しっかり後ろを見ろよ」

「分かってるって!!」



 そう言っていると遠くから激しい水しぶきがかかった。



「うおっ……すげぇ、何だ今のは!

 今の海はこんなにデカい水飛沫みずしぶきが上がる魚が生きてるのか!!」

「多分魚じゃないと思うが……」


「それでも気になる! 行くぞぉ!! じい、舵を切れええ!!」

「はいはい……」


 練習の時とは全く逆の立場になった二人は、謎の水飛沫みずしぶきが上がったところへ向かった。


 彼らは知る由もないが、あの水しぶきは二人の異界人が起こしたものである。



 あれからまたしばらく進んでいると、突然海が荒れ始めて雲行きもますます怪しくなってきた。


 雨風共に強くなり、それに乗って波がカルマ達の船を襲う。



「カルマ〜! 海荒れてんぞ!!」

「くそっ、こんな時に嵐かよ……!」

「カルマ、水しぶきの正体は諦めて引き返すぞ」

「いや、今ならまだ場所が分かる!」


 まだだ。まだ諦めるわけにはいかない。新種の生き物だったら伝説になる。


 カルマはそう言って船の先頭に立った途端、右足を滑らせて落ちた。




「うっ……!? うぉぁぁああ!!」

(くそっ、賭けるしかねぇってのか! じいに教わったこいつでっ……!)



 決して溺れまいとカルマはエイジに教わったシンクロを嵐の中にも関わらず行った。


脚の動きのキレはエイジ程では無いが、一ヶ月にしてはかなり上出来なものだった。



「カルマァァ!!」



 ただし、シンクロの効果は当然無いに等しい。至極当然である。


「うっぷっ、ぐっ……! おい、ジジイ!!やっぱシンクロ何も役に立たねぇじゃねぇか!!! この一ヶ月返せっ、うぷっ……!!」

「怒るなら後にしろ! とりあえずカルマ!俺の手に捕まれ!!」


 エイジは何とか助けようとカルマに手を差し伸べるが、時すでに遅しであった。



「うわあああ!!!」


 エイジの手が届く前に、カルマ王子は波の中へと消えた――

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