第三話「未知の未来」

 西暦2005年 1月11日


「はっ――」


 ふと目を覚まして布団から起き上がる。視界には正に大人の男性の部屋という感じのシンプルな風景が広がっていた。

 

「ここは……」


 どういう状況か全く分からず、キョロキョロと部屋を見渡していると、聞き覚えのある声が聞こえた。


「よく眠れたか、大蛇」

「は……?」


 さらさらとした白髪にライトブルーの目、そして何より白いフーデッドコートを着ているその姿を見たら、もう見間違えるはずが無い。あの人はアレスだ。


「アレス、お前こんな幼かったか……?」

「は? 俺はいつも通りだけどな。お前変な夢でも見たのか?」

「……? ま、まぁそうかもな」


 何故だ……アレスが少年のように若返っている。いや、あり得ない。俺と同い年だぞ。あの遊園地の頃と同じ世界線なら、もう少し大人っぽい顔つきのはずだ。


 ――これはどういう世界線なんだ……?


「大蛇〜、これから任務だぞ?」

「任務っ……!? す、すまない、今すぐ準備する」


 突然任務だと言われてつい焦ってしまう。しかし、どういう状況か分からない状態での任務はかなりきついものがある。


「どうなってんだここは……」

 

 一先ひとまずこの服装から着替えをするべくクローゼットを探している時、正に俺のための黒服一式が机の上に綺麗に畳まれた状態で置かれていた。


 すぐに俺は今着ている白と青のストライプの寝巻きからそれに着替えた。全身黒ずくめで動かしやすく、とても着心地が良い。


 ――あれ、今まで俺こんなの着てたか……? 前は薄っぺらいローブなのに対してこれは革製のロングコートだ。


 試しにその革コートを羽織って鏡で確認しようとしたその時、俺は思わず息を呑んだ。


「っ……!?」


 ……俺もだ。俺もアレス同様に若返っている。前の顔はこんな純粋少年みたいな顔つきじゃない。


「これまさか……俺は違う世界にいるのか――!?」


 それも、あの遊園地事件が起きてない世界線に――


「……いや、今はそれどころでは無い。早くアレスの元へ行かなければ」


 着々と時間に追われる中、着替えもある程度の身支度も完了し、最後にある確認をするべく、俺は右手を正面に伸ばす。


「…………来い」


 右手から徐々に青白い光が剣の形を作り出していく。そして一つの剣となって俺の右手に収まる。とりあえず前のように神器を召喚する事が出来るので戻そうとした時、ある異変に気づく。


「これは……!」


 前の黒剣とは全く違う、輝くような水晶の剣になっていた。重さ的には黒剣とほとんど変わらないので任務に支障が出る事は無いだろうけど、どうしても違和感を感じてしまう。


「神器まで違う……この世界線はやはりおかしい。これで未来に生まれ変わったのは分かったが、どういう世界線の未来にいるのかが全く以て不明だ……」


 一先ひとまず使える事に変わらないので、手元から剣を消して、部屋のドアを開ける。そこにはアレスともう一人、アズレーン博士と似たような服装をした若い男性が手を振っていた。


「遅いぞ大蛇、何してたんだ?」

「少し準備に手間取った……って、その人は……」

「あぁ、君とは初めてだよね。なら自己紹介を。

 僕は今日、ここ『地球防衛組織ネフティス』魔術研究科に務めることになったマヤネーン・シューベルだ。呼び方は博士でも、マヤネーンでも好きに呼んでも構わないよ」


「シューベルっ……!?」


 マヤネーンという人が白衣を着ているのもあって少しは思っていたが、もしやあのアズレーン博士の子なのか。なら、アズレーン博士の事も当然分かるはずだ……!


「突然すまない、アズレーン博士を知っているか?」

「「……へ?」」


 マヤネーンだけでなく、隣りにいるアレスも間の抜けた声を出す。


「えっ、うん……アズレーンは僕の父だからね。でも今は行方不明になってるけど……」

「行方不明っ……!?」


 この場で俺だけが声を上げて驚いた。この未来に行きつく前に、アズレーン博士の身に何があったんだ。それに行方不明なら、あの少女と同じように殺されてる可能性も――



 また更に謎が深まった。アカネ……お前はとんでもない世界線に俺を放り込んだな。


「大蛇、さっきから何言ってるんだ? 何か隠してるのか?」

「……いや、そのつもりはない。ただ今日見た悪夢を思い出しただけだ」

「そうか……やっぱり夢か! んじゃ、さっさと行くぞ!」

「え、ちょっ、いきなり引っ張るな!」


 アレスが俺の右手を引っ張りながら走った。危うく転倒しそうになったが、何とかバランスを保ちながらアレスのスピードについていく。


「あれだけ小さかったのに、一週間でここまで成長するとはね。父さんの言う通り、あの二人はかなり変わってるよ……」


 マヤネーン博士はそんな二人を見てにこやかに微笑んだ。


「でも、今日の大蛇はいつもと違うような気がするな……何て言ったら良いかな。そう――」


 ――……って言うのかな。






 東京都渋谷区 地球防衛組織ネフティス本部――


 一先ひとまずどんな状況か分からない俺に、ここまでの経緯をアレスが教えてくれた。まず、こんな朝早くから俺達は緊急任務に急遽きゅうきょ出動することになった。


「悪いな大蛇、早速だが緊急任務が俺達に下った。ちゃちゃっと終わらせるぞ!」

「おい、まだ俺頭回ってねぇっての……」



 アレス曰く、三号惑星リヴァイス……水星を意味するネフティスのコードネーム的なものなのだが、そこで『海の魔女』がその海に生きる生命を無慈悲に奪い、海に入る人達を深海へ引きずり込んで殺したりしているらしい。要は┃鏖殺おうさつだ。

 このままでは水星の生命が滅ぼされてしまう……そう危機感を覚え、マリエルと名乗る依頼者が何者かを通じてネフティスに助けを求めた――というのが任務内容だ。




 次にこの場所についてだが、ここは地球防衛組織ネフティス。足立区の総本部を中心に、全国各地に本部を設置しており、本来地球上では起こり得ないイレギュラーな事件や依頼等の遂行及び解決を専門とした非政府組織である。

簡単に言うなら、国家機関レベルに巨大化した便利屋というべきか。

 俺はこの世界で生まれかわってから、過去に俺と共に死んだはずのアレスや面識無しの謎の人物であるマヤネーン博士達と共にそこに所属している。


 まぁ、そこは追々知っていけば良い話だ。とりあえず今は任務に集中せねば。アレスの若干焦っている表情を見るに、かなり深刻な事態だと俺の脳が悟っている。



「というかアレス、どうやって水星まで行くつもりだ」

「俺に聞くなよ……でもまぁ、総長が近くの転送装置に行けって言うんだから着いたら色々分かるだろ」

(転送装置……? 聞いた事が無い単語だ。

 この世界の技術はもう惑星を行き来できるほど発展しているのだろうか。

さっき部屋のカレンダーを一瞬見たが、西暦は2005年……遊園地事件が起きた頃はいつだったか不明だが、これで明らかになった事が一つ。俺は恐らく未来に転生している。それもあの時から遥か先の世界線にな)


 そう考えると惑星を行き来できる時代に発展するのも不思議ではない。まぁ、俺そのものが不思議というかイレギュラーだから何とも言えないが。


「ここが転送装置か……」


 そんな事を考えてる内にあっという間に着いた。見た目はまるで公衆電話ボックスのような形をしており、外見は黒曜石のような黒色に染められている。そんな転送装置が歩道の端にポツンと置いてある。歩く人達はそのの存在に気づく気配もなく、ただ横切っていく。


「と、とりあえず入ろう」

「あぁ……」


 アレスが先に転送装置の中へと足を踏み入れる。その後に俺も入ると、中も黒い壁で覆われていて、ドアを閉めると何も見えない。


「総長曰く、一般人からは見えない構造になっているとの事だ」

「つまり関係者だけが見えるという事か」

「そういう事になるな。だがどうやって関係者かどうかを見極めるかまでは分からないな……」

(なるほど。だから人混みの中でも誰一人その存在に気づかず通り抜けてくわけだ)


 一先ず転送装置の圧倒的影の薄さに納得したところで、二人してボックスの中を見回してると、突然モニターの電源がついた。画面には黒い服を着た男が映っていた。


「よく来てくれた、大蛇君、亜玲澄あれす君。早速で申し訳ないが、この転送装置で三号惑星リヴァイス……一般的に言う水星に行ってもらう。こうしている今も、『海の魔女』はリヴァイスの生命を蝕んでいる事だろう。正直に言って時間は残されていない。早急に遂行するよう宜しく頼む」



 そう言い残すと、突然ブチッとテレビの電源が切れ、俺達の足元に水色の魔法陣のような模様が浮かび上がった。


(な、何だこれ……魔法陣か? まさかそんな魔術がっ――)


 気になって足元を見ているのも束の間、視界が青白がかってきた。直後、上空から落ちたような感覚が襲いかかった。


「「うぉっ……うわぁぁぁあああああ!!!」」



 こうして、俺達は突如として水星に向かう事となった。そして後に俺は思い知る。この世界が――俺を呪う運命がどれほど歪んでいるのかを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る