第五話「助けられ、戦わされて」
緊急任務:依頼者マリエルの救出、『海の魔女』の正体の捜索、及び討伐
遂行者:八岐大蛇、アレス
犠牲者:0名
……。
…………あぁ、これを見るのももう何度目だろうか。何度死ぬ目を見れば気が済むのだろうか。
冷たさより息苦しさの方が強い。肺が限界を超えようとしている。それでも身体の力を抜き、浮力に身体を預ける。
「ごぼっ……!」
このままでは本当に溺れ死ぬ。折角あの巫女服の少女がくれたチャンスをこんな所で無駄にするのか。それだけは避けなくてはならない。
俺には果たすべき使命がある。アレスも、あの子も、そして俺を殺したあいつもこの時代で生きているんだ。
それならここで死ぬなんて尚更御免だ。まだこの世界線で会ってすら無いのだ。せめてこの目で見るまで死ぬ事なんて出来ない。
…………。
………………………。
なんだこの光は。海の中なのに、こんなに暖かいところがあるのか。段々光が強くなってきて……まるで俺を起こしに来てるかのようだ。まさか、彼女が――
「うぅっ……」
俺が目を覚ましたときには、既に浜辺にいた。
「ここは……どこだ……?」
体を起こせば、白い貴族っぽい服を着た銀髪の男が俺の前に現れ、ふと微笑んだ。
「お、目を覚ましたか」
「すまない、お陰で助かった」
恐らく俺をここまで連れてくれたのはこの人だ。とりあえず礼は言っておく。
「お、おう……というか君はどこの人だ? こんな格好している人、レイブンでもこの世界でも見ないが……」
「レイブン……?」
知らない単語だ。これまで生きてきてそんな言葉は一度も聞いたことがない。そもそもの話、地球以外の惑星に世界があって、当然のように人が生きている事自体がおかしな話だ。
一体この世界はどうなっているんだ。
「はぁ……やっぱりか。君、向こう側から来たんだろ?」
「っ!? 何故それを……」
突然青年が放った言葉に思わず驚く。レイブンという単語を知らないだけで異界人と見抜かれた。それほどレイブンというのはこの世界では有名なのだろう。
「レイブンの人以外の人間がここに来るって話はしばしば耳にするんだよ。君が来るずっと前にも何人かここに来てたって話もある。それも何の目的かも分からずにな……」
「俺より……前にも……」
そんな反応をする俺に、青年は思わずため息をつく。
「はぁ……全く、カルマがいないってのに今度は何も知らない迷子か。でも、国王様も言っていたな。人の出会いは必ず何かの縁があるって。
――すまない、紹介が遅れたな。俺はエイジだ。しばらくの間宜しく頼む」
「エイジ……」
エイジ。それがこの青年の名前か。これもまた過去に聞いたことの無い名前だ。
(これでは過去の運命を変えるどころか、彼女と出会う事すら出来ないのでは……? 転生先を間違えたとか今更言うんじゃねぇぞアカネっ……!)
――というか、俺は何て名乗れば良いんだ。そのまま八岐大蛇でいいのだろうか。名前が変わってたりとかしていなければいいが……
ただそれだけを心配しながら、俺もエイジに名を名乗ろうとした刹那、俺の口がふと開くのを止めた。
(待て。いくら他の惑星の人間……それも転生者とは言っても、八岐大蛇という名前と世界を丸ごと焼き尽くした伝承は流石に知っているだろう。彼が貴族の人間なら尚更だ。何かしら大事を招くくらいなら、他の名前を考えよう。せめて苗字だけでも……)
そう思いながら考えること約七秒、俺は新たな名前を思いつき、それをすぐに口にする。
「……俺は
「黒神、大蛇……」
エイジは俺が思ったより驚く事は無く、小さな声で俺の名を呼び続ける。
……いや待て。『黒神』って誰だ? 無論一度たりともその苗字を名乗った覚えはない。
だが
(……まぁでも、過去の俺が積み上げた重荷から解放された感じがして若干気は楽になってるから悪い気はしないな)
「よし、覚えたぞ大蛇。申し訳ないが少し付き合ってほしい」
「い、いきなり何ですか……?」
俺はエイジに助けられてからいきなり付き合えと言われて何の事かと思った、その刹那。
「シッ!」
「っ――!?」
エイジは突然俺の顔面に蹴りを入れる。だが当たる寸前で俺はステップを踏んで避けた。
「なるほど。やはり君は普通の人間ではない。なら、遠慮は無用という事だな!!」
「な、何をいってるんだっ!?」
突然の攻撃の意図を脳内で探っている内に、エイジは俺に向かって殴りかかってきた。俺はとっさに右手の拳を握って構えた。
「うぉぉおおっっ!」
エイジは殴ると思わせて俺の腹に蹴りを入れる。身体を反らして避けようとするが、エイジの蹴りの方が速かった。
「ちっ――!」
俺は大きく吹き飛ばされ、岩場に背中を強くぶつける。あまりの痛さに歯を食いしばる。
(フェイントとは中々卑怯な手を使うな。こっちが殴って来るのを予知していたのか……貴族故にそれなりに体術を会得してるという訳か)
「ふっ……!」
流れに任せるままエイジが一気に間合いを詰めてくる。このまま一気に片を付けるつもりなのか。
(――ならば、その予知を予知すれば良いだけの話だっ!)
「させるか……よっ!!」
蹴られる瞬間、俺はとっさに左手でエイジの蹴り足をはたき落とした。
「なっ――!」
(片手で蹴りを受け流したっ!? それもあの痩せ型の腕で軽々と……バケモンかよ!)
エイジははたき落とされた勢いで砂浜に顔面から転び落ちる。俺はそれを逃さず、岩場を蹴って飛び、エイジの背中目掛けて踵落としを入れる。
「甘々だっ!」
この動きを読むかのように、エイジはうつ伏せの状態から起き上がり、その勢いで俺の脛に左足の踵で蹴りを入れた。
「くっ……!」
痛い。めっちゃ痛い。痛覚による刺激がじんじんと全身に響き渡る。
(弁慶の泣き所を狙うとは……、さっきのフェイントといい貴族のくせに卑怯な戦法だっ……!)
そこまでするならこっちも仕返しをしてやろうと思い、俺は右手に魔力……いや、それに変換させた怒りを右拳に籠めた。
(さて、この┃
怒り、憎悪、殺意。この世界ではそれらの総称を『負の力』と呼ぶ。その衝動を抑え、魔力に変える事で血潮と共に身体を巡り、一点に集中させる。その対象を殺すという意思を籠めて。
そしてそれは禍々しく黒い波動となって放たれる。
「試してやろう……っ!」
身体は違えど、魂は過去の記憶を引き継いでいる。それなら、今まで習得した技の一部も使えるはずだ。
『対象を打撃と同時に強制的に引き離す』力ならば。
「させるかっ!!」
そうはさせまいとエイジがもう片足の脛に蹴りを入れようとしてきた。
だが俺は蹴られるより速く、目に追えぬ速さでエイジの懐へと突っ込み、左足を踏み込む。全身を撚る。右拳により強く力を加える。
その勢いのまま腹めがけて全力の一撃を放つ。
「
俺の黒い拳が閃光の如くエイジの腹を穿ち、肋の骨が何本か折れる音がした。
「がはっ……!!」
衝撃でエイジは海まで吹っ飛ばされる。大きな水しぶきを立てた後にプカプカと身体が浮いているのが見える。
今の一撃が余りにも強すぎたからか、よく見るとエイジは気絶していた。
……この時代でも過去に習得した技は使えるのか。
右手の5本の指を動かしながら技を使った後の状態を確認するが、全くの無傷だ。
それと今ので確実にエイジの骨を折った。貴族の骨を折った事をこの世界の人に知られたら面倒だな……
それは避けなければと思い、俺は沖に流れてきたタイミングでエイジを砂浜まで引き摺り、左手をエイジの前に
「
「この程度で十分か」
俺が治癒魔法を唱えて三秒も経たずに気絶してるエイジの肋が全回復し、エイジはふと目を覚ました。
「痛ったっ……って、えっ? 腹全然痛くないんだけど。大蛇、俺に腹パンした後何したんだ?」
「何、治癒魔法だ。その中でもかなり初歩的なものだがな」
「ち、治癒魔法っ!? す、すごいな! それさえあればどんなに重症でも3秒で回復するのか!?」
「いや、いくら3秒とて怪我が重ければ重いほど回復は難しいんだが……」
あれこれと簡単に説明をし、更に治癒魔法に興味を持ったエイジだが、突然俺の胸ぐらを掴みながら言ってきた。
「それより大蛇ィィ!! どうやってこの俺の鉄壁の腹筋を打ち破ったんだ!?」
「ただ一撃かましただけだが……」
「いやそうじゃなくて……、お前腹パンする前になんか黒いオーラ出てただろ!?」
「さっきの腹パンした時に出した技の事を言っているのか。あれは『
「はい……? 負の力……? 魔力を応用……??」
魔力を応用……とは言ったが、この技はただ拳に力を入れて殴るだけなのでかなり初歩的な技……なのだが、いつの時代もこれを使えるのは俺くらいしかいないだろう。
何故なら俺は生まれつき魔法が使えない。ここで言う魔法とは炎や氷、風や土だの雷といった属性魔法に限るが、それらを行使するのに必要な『純粋な魔力』が全く無いのだ。その代わりに凄まじい身体能力と体術を『黒き英雄』時代から持っていた。
魔術がありふれたこの世界で与えられた唯一の力『
「なるほど。どうりで俺の肋を折るわけだ。すごいな……その技はっ!!」
丁寧に説明してくれたお礼と捉えて良いのか分からないが、突然エイジが俺の顔に膝蹴りを繰り出す。今度もしっかり直撃する。
「ぐっ……!!」
顎が砕けそうになるくらい痛かった。骨は折れていないと思うが、それでも歯を食いしばろうとしても痛くて食いしばれない程だ。
「はぁ、はぁ……、まだまだ甘いな大蛇!」
戦いはまだ終わってないぞと言わんばかりのエイジだったが、いつの間にか視界に俺の姿は無かった。普通なら目の前で倒れているだけだ。
「っ――! どこに行った!?」
「まだまだ甘い、か。一体誰に言っている?」
俺は背後からエイジに話しかける。まるで悪魔の囁きかのように。
「くっ……!」
エイジは背後を狙って勢いをつけて右肘を突くが、それを見越して避けると同時にエイジの頭上まで飛ぶ。
「その言葉……そっくりそのままご返却だっ!」
「なっ! 頭上だと……!?」
貴族だろうが関係なくさっきと同じ技を今度は顔面に喰らわせる。
「
エイジの顔面に黒い閃光が
「がっ……!」
砂嵐が止んだが、エイジは血を流しながら倒れている。もう気絶どころでは無くなった。
だが、まだ少し息はしている。やはりこの人間は只者ではない。
「
俺は死ぬ寸前のエイジに早急に治癒魔法をかけ、目を覚まさせた。
「ず、ずるいぞ!! 頭上からその技出すのは!!!」
いや、説明の途中に攻撃してきたお前が言う事かよ……と言わずにはいられない俺だった。
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