2-2


 ひとず朝練はここまでとして、二人できゅうけい用のベンチにこしを下ろし水分補給をする。


「それにしても、あの令嬢は一体何なんだろう……。俺もふくめ、四六時中だれかしらを追い回しているし。全く……俺なんかに付きまとって何の得があるんだか……。すごいのは俺のおやであって、俺はただの騎士のはしくれだ……」


 そうポツリとつぶやいたダルク様の表情が少しかげった気がして、私は思いっきり顔を上げてダルク様と向き合った。


「ダルク様はご自身のりょくをわかっていませんのね。そのきたえられた身体からだはダルク様の鍛錬のけっしょうみがげたけんじゅつは努力のたまものですわ。ただの騎士の端くれではありません! らしい騎士の端くれです! 鍛錬仲間として、胸を張って言えますわ!」


 いきいてそう言うと、ダルク様は目を丸くして驚いた表情になった後、ふっと笑いをこぼした。


「……『端くれ』であることは変わらないんだな」

「こ、言葉のあやですわっ! えっと、端くれというかっ――」

「騎士団長のむすとしてではなく、身体や努力を褒められたのは初めてだ。……全く、ルイーゼじょうおもしろい。流石さすがはシルヴィールの婚約者だ」


 やわらかく微笑むダルク様は、何やらスッキリとした顔をしていた。

 有名なお父様を持つことは大変なのかもしれませんね。きっとダルク様ならば立派な騎士様になれますわ!


「ピクセル・ルノー様は、もしかしたら鍛錬にご興味があり、鍛錬に交ざりたくてダルク様に付きまとっているのかもしれませんわね」

「やめてくれ! 鍛錬まで一緒かと思うと胃が痛くなってくる……」


 必死にしようとするダルク様が可哀想かわいそうになってくる。


「俺のことは置いておいて、ルイーゼ嬢は……いいのか?」

「え?」

「シルヴィールもあのだんしゃく令嬢に付きまとわれているんだぞ。シルヴィールに手作りのを渡そうとしたり、いきなりこうとしたり……。あいつは上手うまかわしているが、婚約者だろう、気にならないのか?」


 そんな情報を初めて聞いて、吃驚びっくりしてしまう。

 一国の王子にまさかそんな不敬まがいのことを堂々としているのだろうか。別の意味で心配だ。

 でも、それが許されているのは、シルヴィール様が許しているという意味で――


「全く、何とも思いませんわ。シルヴィール様が全ての方に平等にやさしいのはいつものことですもの」


 シルヴィール様に『特別』はない。婚約者であろうと、しょみんであろうと、彼の態度は変わらないし、学園で起こったことを不敬などとさわぎ立てるのも好まないと思う。

 シルヴィール様がそう判断されているのなら、私に言えることなどないのだ。


「あいつもむくわれないな……」

「え? なんですか?」

「いや、何も言ってない」

「そうですか? あの、それよりもダルク様。シルヴィール様の執務はかなりお忙しいのでしょうか?」


 ピクセル・ルノー様についてはいったん考えるのはやめ、最近シルヴィール様がどことなく元気がないように見えたので、ダルク様ならば何か知っていないかと聞いてみた。


「……まあ、厄介なことがあってその対応で大変そうだな」


 厄介なこと――。

 くわしくは教えてくれそうもない空気をかもしているダルク様にこれ以上聞くのは難しそうだと諦めた。

 そんな私にダルク様は少し申し訳なさそうに微笑む。


「シルヴィールを気にかけてやってくれ」

「わ、わかりましたわ」


 ダルク様の言葉にうなずき、シルヴィール様をよく観察することを心に決めたのだった。




 そして翌日……じーっとシルヴィール様の行動を観察する。

 やはり、様子がおかしい気がする。

 常にたたえたしょうは変わらないけれども、何だか元気がないように感じる。ダルク様が厄介なことの対応で忙しいと言っていたが、もしやあまり眠れていないのでは?

 よく見れば、くまができているではないか。


「シルヴィール様」

「……え、何か言ったかな、ルイーゼ」


 声をかけても反応がにぶい。

 周りは気付かないほどのさいな変化だが、物心ついた時から共に過ごしてきたからこそわかる。

 きっと誰にもたよろうとしないであろう彼が本気で心配になり、つい呼び止めてしまった。


「あの、だいじょうですか? 体調がすぐれないのでは?」

「……、大丈夫だよ。最近忙しいからかな。体調はいつもと変わらないから、心配しなくてもいいよ」


 ―― これ以上み込まないように……また線を引かれたように思えたが、彼を放っておけなかった。


「し、心配です! 次の授業まで休みましょう」

「ルイーゼっ!?」


 無理やりシルヴィール様の手をにぎり、教室から引っ張り出した。

 人に弱みを見せたくない彼は医務室では休めないだろうと判断し、人通りがめっにない裏庭のガゼボまで連れ出した。

 裏庭には人目がないだけに強固なまもりの結界も張られているので安全安心だ。


「さあ! 少し休んでください。私のひざまくらにどうぞ!」

「……っ!? 」


 ちゅうちょするシルヴィール様を無理やりかしつける。

 ごういんだったかな、と心配になったが、よっぽど体調が悪かったのか、まどいながらも私の膝を枕にして横になってくれた。

 しばらくするとすやすやと寝息が聞こえてくる。

 星空のように綺麗なサラサラとしたかみをそっといてみる。前髪で隠れていた彼のあどけない表情が見え、胸がドキリと音を立てた。

 なんだかなつかしい気持ちになり、心が落ち着かない。


 久しぶりに子どもの頃のような、本当のシルヴィール様が見られて……うれしい? 昔のように、かんぺきでない面を見せてくれたことに、ホッとしている?

 いやいや、雑念は捨てないと。

 私はシルヴィール様の婚約者として彼の体調管理のいっかんで膝を貸しているのよ! 今の私は枕。それ以上でも以下でもありませんわ!


 もんもんとしながら過ごしていると、シルヴィール様が目を覚ました。

 少しすいみんをとれてスッキリしたような表情で、いくらか顔色も戻っていた。むしろ血色が良い気もする。


「ありがとう、ルイーゼ。お陰で休めたよ」

「いいえ! 婚約者として当たり前の責務を果たしたまでですわ」

「……そう。『責務』││ね。……では教室へ戻ろうか」

 

 一瞬シルヴィール様の周りの温度が一気に下がったようなさっかくを抱いた。

 この感覚は、幼少期以来のアレ!

 もしかしたら怒らせたかもしれないとおびえたが、いつものお人形のような微笑みに戻ったので、気のせいだと思うことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る