第二章 悪役令嬢、王子を観察する

2-1


「最近のルイーゼは何やら楽しそうだね」


 いそいそと授業の後にたんれん部について構想を練っていると、シルヴィール様に声をかけられた。

 鍛錬部に夢中で、そういえば久々にシルヴィール様とお話ししたなと思い至る。


「はい! 学園にも慣れてきましたし、友人もできて楽しいですわ」

「……そう。それは良かったね」


 シルヴィール様はそう言ってにっこりと微笑ほほえんだ。


「シルヴィール様はしつがおいそがしそうですわね」

「ああ、そうだね。でも学園生活も楽しみたいから、できるだけ学園には来られるよう調整しているんだ」


 王太子であるシュナイザー様が留学している今、シルヴィール様がになう執務は私には想像できないくらいにわたるのだろう。

 少しつかれている様子だし、仕事ばかりで休息がとれていないのではと心配になる。いききができればと思い、


「シルヴィール様。もしよろしかったら、いっしょに帰りませんか?」


 とさそってみると、いっしゅん目を丸くしておどろいたような表情になり、またいつものお人形のようなれいな顔にもどる。


「ありがとう、ルイーゼ。でも――」


 シルヴィール様は外に視線をめぐらせ、少し残念そうにこちらを見た。


「ごめんね。今日は用事があるんだ」

「そうですか。お忙しいのにすみませんでした。また機会があればご一緒してください。……無理はしないでくださいね」


 何故なぜかズキンと胸が痛んだ。

 ……学園に入ってシルヴィール様と顔を合わせる機会が増えたから気付いたのだが、月に一度のお茶会があったころとはちがい、なんだか一線を引かれている気がする。

 何か私がしたのだろうか、それとも別の理由が……?

 残念な気持ちをかくして微笑みながら、教室から出ていくシルヴィール様を見送った。




「おい、シルヴィール……って、なんだこれ……」


 地面になんびきもの犬の姿をしたじゅうが転がっており、ダルクが来たしゅんかんに黒いきりとなって消えた。

 ゆいいつその場に立っているシルヴィールは、げんそうにダルクを見つめ返した。


「術によるものだろう。りずに何回も手をえ品を替えねらってくるが、黒幕はしっを出さない」

「魔獣を一瞬でせんめつさせるお前が一番こわいがな……。で、なんでそんなに不機嫌なんだ? いつもはゆうそうなのに」

「こいつらのせいで、ルイーゼと帰る機会を失ったんだ。ごくとしても気が済まない」


 絶対れいいかりに、ダルクは苦笑いする。

 四六時中、暗殺の危機にありながらも、おこる理由はいとしいこんやくしゃに関わることばかりなのだ。


「必ず黒幕を見つけ、生きていることをやむほどのばつあたえよう」


 ぞっとするようなほのぐらみをかべるシルヴィールにダルクはちょっと引きながらも、少し心配になる。

 ここ数日は魔獣のしゅうらいが多くねむれていないはずだ。


「無理だけはするなよ。全く休めてないんだろう?」

「心配など無用だ。というか、ダルク。最近ルイーゼときょが近すぎない?」

「ふ、こうりょくだ! 警護しろって言ったのはお前だろう? それに鍛錬仲間として関わっているだけだ。彼女とは何もない!」


「鍛錬仲間か……息の根止めてもいい?」

ぶつそうだなっ! 一緒に鍛錬してるくらいで目くじら立てるなよっ! 彼女とは本当に何もない! ねえ、本気でけんさき向けるのやめて!」


 シルヴィールの目は本気だった。

 幼い頃からシルヴィールの側近として共に育ってきたが、こいつの婚約者へのしゅうちゃくは異常だとダルクはあせを流す。

 いつも余裕そうなおさなみが最近はれているように思うのは気のせいだろうか。

 最近は国の内部もシルヴィールの周辺もどうもきなくさい動きを見せている。学園ではまた別のやっかいごとも起こっているようだし。

 そんなじょうきょうでは身動きが取りにくいのだろうとダルクは同情した。


「そろそろ……まんの限界だな」

「は? 何か言ったか?」

「いいや、羽虫が最近わずらわしいほど飛んでいるから、じょが必要かなって」


 腹黒そうな笑みを浮かべながら言い捨て、シルヴィールは、そのまま学園を後にした。

 ダルクはいやな予感がしながらも見送るのであった。



***



 今朝は早めに学園に向かい、授業前に鍛錬部へと顔を出す。

 鍛錬用の服にえ、かみをポニーテールにくくった。

 朝のんだ空気を吸い込みながら鍛錬場を走っていると――


「ダルク様、おはようございます! 放課後、一緒にカフェに行きませんか? 最近とっても美味おいしいところを見つけたんです!」

「お、おう。ずいぶん早いな。カフェは俺以外と行った方が楽しめるんじゃないか?」

「えー! ダルク様と一緒に行きたいんです!」


 ダルク・メルディス様にまとわりつくピクセル・ルノー様の姿が見えた。

 二人とも朝が早くて感心だが、ダルク・メルディス様は完全に困っている表情である。

 鍛錬仲間を放っておくのも人としてどうかと思い、二人のもとへと歩を進めた。


「あら、メルディス様も朝練ですか?」

「っ! そう、俺には朝練があるから、その話はまた今度にしてくれ」

「え、なんでダルク様と悪役れいじょうが!? ……ダルク様、明日こそカフェに行きましょうね!」


 最初にボソリと言われた内容は聞き取れなかったが、ピクセル・ルノー様はあきらめてその場から去っていった。

 残されたダルク・メルディス様はあんの息をいている。


「……助かった。正直最近付きまとわれて困っていたんだ。俺はカフェにも放課後のおしゃべりにも興味は全くないからな」

「そうなのですね。お困りかと思い勝手にしゃしゃり出てしまいましたが、お役に立てて良かったです。口実で朝練にお誘いしましたが、おひまなら一勝負いたしません?」

「ああ、受けて立とう!」


 うっぷんを晴らすかのようにぼっけんで打ち合う。


「令嬢にしてはするどけんさばきだっ! だがまだわきが甘いなっ!」

「おめいただき光栄ですわっ! ……あ、ねこみみ!」

「えぇっ!?」


 スパァァンとダルク・メルディス様の木剣をはじばした。手加減してくれていたとはいえ、すきを見せるなんてまだまだ甘いですわね。


「……きょうじゃないか?」

「勝負においては使える武器はしみなく使う主義ですの! そうだ、鍛錬部の特別もんになっていただけませんか? そうしたら放課後のカフェを断る口実もできますわよ」

「……仕方ない。に二言はない!」


 部活には顧問が付き物なので、アドバイザーとして協力いただいているダルク・メルディス様に白羽の矢を立てたのだ。


「ありがとうございます。メルディス様!」

「……ダルクでいい。かしこまられると何だかかたくるしい……」


 そうぶっきらぼうに言われ、ダルク・メルディス様らしくてつい笑ってしまう。


「では、ダルク様。私のこともルイーゼとお呼びください」

「わかった。……って、やばい、シルヴィールに殺されるかな……」


 最後の辺でボソリと言ったダルク様の言葉は聞き取れなかった。

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