幕間 王子、思案する


『――――ちょろい?』


 そう彼女に言われ、かれ始めてから何年も経過した。

 ルイーゼのことを知れば知るほど、そのりょくはまってしまっている自分がいた。

かんぺきな第二王子』の仮面をかぶり続ける日々が続く中、彼女の前だけでは簡単にその仮面ががれちそうになり、気をめるのが大変だった。

 だれにでも平等であれ。そう教え込まれたが、ルイーゼだけはいつでも『特別』だからだ。

 ルイーゼの護衛が男だと聞くと心の底に黒いほのおともったように感じ、すぐさま王宮このであるタニア・マーズレンをジュノバンはくしゃく家に送り込んだ。


『ルイーゼの護衛をするように。家族以外の男を決して近付けず、情報はちくいち報告すること』


 そう命じていることをルイーゼは知らないだろう。

 ゆうしゅうな女騎士であるタニアの報告がいつからかルイーゼと共に行ったたんれんについてが主になってきたのは予想外だったが。

 おう教育も音を上げずしんに取り組み、鍛錬にはげみ、善行をしみなくする。

 幼い頃にいっしょにした約束を守ろうと、有言実行する彼女を愛おしくおもうと共に、自分も彼女に相応ふさわしくありたいと、第二王子の仮面を被り完璧なこんやくしゃであり続けた。


 クルクルと変わる表情をずっと見つめていたくなるし、ひとめしたくなる。

 甘やかし、ずっとこの胸の中に閉じ込めてしまいたい。誰にもれさせたくないというどくせんよくき、異能者を保護する名目でずっと伯爵家にかくし、社交界からも遠ざけてきた。

 自分でも過保護だと思うくらいに大切に囲ってきたが、学園への入学はけられず、ついに人前に出ることになってしまった。

 私が囲い込んだせいで貴族の友人もいない彼女の学園生活を心配していたが、彼女は自分で友人を作り、先ほどもけんでクラスメイトをりょうしていた。

 流石さすがはルイーゼだとほこりに思いつつも、私以外の男から好かれても困るからけんせいは忘れなかった。


 はちみつ色の陽の光を集めたようなかみに、キラキラとこうしんうごく宝石のようないろひとみ

 年々花開くように美しくなっていくルイーゼに余計な虫が付かないように裏から手を回したが、彼女は気付く気配もない。

 王族として誰にでも平等に接するために、てっていして彼女をとくべつあつかいしないようにと心がけなければならない上に、ここ数年は諸事情があり彼女と交流を持つことさえできなかった。

 そのへいがいとして、彼女に全く意識されないという困った事態におちいっている。

 私に向ける視線には全くこいだの愛だのという熱を感じない。むしろ護衛であるタニアへの視線の方が熱をふくんでいる気がしてならない。

 日々魅力的になっていく彼女をのがすつもりなどいっさいないけれど。


「おい、お前の婚約者、放課後に学園の訓練場で鍛錬してたぞ。しかも鍛錬に協力してくれって言われたんだが……」

「放課後に鍛錬……? ルイーゼはやっぱりおもしろいね」


 ダルクにそう報告され、私は幼い頃に手のマメについて話していたルイーゼがのうかび、ついみがこぼれる。

 そんな私をダルクは信じられない様子でぎょうしてきた。


「シルヴィール、お前ジュノバン伯爵れいじょうのこと、本気なんだな。あのむなもとのブローチ、『王家の秘宝ロイヤル・ブルー・サファイア』だろう? 王家の者しか付けることが許されない秘宝を簡単に婚約者にわたすところが……お前だよな。誰もあれじゃ手出しできないだろう」

「当たり前だ。手出しなどさせるわけがない。ダルク、お前にたのみたいことがある」

いやな予感しかしない……」

「否と言わせるわけがないだろう?」


 幼い頃から共に育ったおさなみでもあるダルクに私は目を細めた。

 手に入れたいものは過去も現在も一つだけ――。


「ルイーゼを警護してほしい。交流もあったようだしちょうどいいかな。学園では護衛が付かないから、心配なんだ。もちろん、彼女と親密になるのは許さないけどね」

「……お前が直接まもってやれよ。適任だろ?」

「婚約者といえども、表立って彼女だけを特別扱いはできないし、私の周りも安全とは言い切れないだろう?」


 そう、できるならば自分の手で護りたい。いっそ誰の目にも触れないよう閉じ込めて私だけのものにしてしまいたいが、それは現実的ではない。

 入学式の日、彼女の様子は明らかにおかしかった。ダルク達の頭の上を見つめながら挙動しんになっていた姿を思い出す。

 きっと何か重要な文字を見てしまったにちがいない。


 それに、兄上が留学でナイル王国に不在の今、第二王子である私の周りはいんぼうや策略がうずき、平和とは言い切れない。

 学園は社交界の縮図だ。安全をうたっていようが、第二王子妃の座をめぐってルイーゼが危険な目にう可能性も捨てきれない。

 その面では、ダルクに警護をらいするのが一番安全だろう。


「頼んだよ、ダルク」

「あ―― 、わかったよ。……お前に好かれたジュノバン伯爵令嬢が気の毒でならないな」


 最後にダルクがポツリとらした言葉は、聞かなかったことにしたのだった――。


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