1-6


***



 カキン、カキンとけん同士がぶつかる音が聞こえる。男子生徒は剣術の授業のようだ。女子生徒は淑女教育の一環で庭園に移動するちゅうだった。

 男子生徒の剣術の様子を横目で見つめながら令嬢達は黄色い声を上げる。


「ああ! やはりメルディス様は素敵ですわ!」

「王子殿下のあの身のこなし、光る汗、目が眩みそうですわっ!」


 シルヴィール様とダルク・メルディス様が手合わせ中で、私も視線を向ける。確かに絵になる二人である。

 騎士団長のご子息であるダルク・メルディス様とかくに剣を交えているシルヴィール様の剣のうでに少し見惚れてしまった。

 タニアが以前、幼いシルヴィール様が並々ならぬ努力を重ね、剣術の訓練をしていたと教えてくれたことを思い出す。その後もきっと鍛錬を続けていたのだと思うと、何だかかんがいぶかい思いがした。

 昔を思い出し胸を熱くしていると――


「危ないっ!! 」


 ちがう方向からはじき飛ばされたらしい剣が、勢いよく女生徒の方へ向かって飛んでくるのが目に入った。


「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁ―――― 」


 動けなくなりその場で固まっているのは、いつぞやのピンクブロンドの男爵令嬢ピクセル・ルノー様だった。

 考えるより先に身体が動いた。すぐそばの倉庫に立てかけてあったぼっけんを手に取り、クルクルと回って落ちてくる剣をそのままはらった。


「怪我はないかしら?」


 そう言ってこしが抜けたようにしゃがみ込んでいる彼女に手を差し出す。


「……え? なんで?」


 彼女は物凄く驚いていた。そして私の手を取ることなく、心からガッカリしたようにしょんぼりとうつむいた。一体どうしたのだろうかと心配になる。

 座り込んでいる彼女を気遣っていると、周りから「きゃあああ」と、黄色い声が上がった。


「か、格好いい……」

「まるで騎士様みたいに素敵ですわ!」


 何故か女生徒達に囲まれてしまった。


「いえ、剣術を少し嗜んでおりまして。誰も怪我がなくてよかったですわ」

「まあ……!」


 なんだか皆の目がときめいているように見えるのは気のせいかしら?

 今まで遠巻きだった貴族令嬢達の態度がいきなり好意的に変化したのに吃驚びっくりしつつも、これは善行令嬢への一歩なのではと思い至り少し嬉しくなる。


「ルイーゼっ! 大丈夫かいっ!?」


 そんな中、剣を飛ばしてしまったらしい顔を真っ青にさせた男子生徒とシルヴィール様達が此方こちらってくる。


「大丈夫ですわ。誰一人怪我はありません。しかし、剣のつかはしっかりにぎっていませんと、このような事故につながりますわ。よろしければ私と一緒に鍛錬を……」

「鍛錬は私とダルクがしっかりつけるから大丈夫だよ。もう二度と剣が手から離れないように……ね」

「ひ、ひえぇぇ、申し訳ございませんでしたぁぁ!」


 男子生徒は泣きそうな表情で謝りたおし、ダルク・メルディス様に剣と共に回収されていった。


「君が無事で良かったよ。剣の前に飛び出していくから吃驚したけれど……」

「ご心配をおかけしました。でも剣術は得意ですの!」

「……そう、でも危険なことはしないでね」


 婚約者として心配しつつもくぎしてくるシルヴィール様に、王子妃として品位のある行動じゃなかったかしらと、少し反省する。


「はい。きもめいじますわ」

「うん。約束だよ。学園側にも、生徒を危険にさらしたかんとく責任と今後の予防策を立ててもらわなければいけないね。先生と話し合ってくるよ」


 何故か、背筋が寒い気がした。先生、頑張ってくださいねとおうえんしたくなる。


「えーっ、危険から護ってもらえるラブハプニングイベントなのにどうして!? 悪役令嬢ってあんなに動けたっけ? きっすいのお嬢様設定のはずじゃ……。もしかしてあのなぞの脳筋トレーニングの効果? 悪役令嬢キャラめいそうしてない

!?」


 後ろで座り込んだまま、ピクセル・ルノー様はボソボソと何かを言っていた。



*****



 あの剣が飛んできたのを回避した件以来、私は女生徒に好意的に受け入れられるようになった。

 鍛錬にも一緒に参加したいと申し出てくれる女生徒達もちらほら出てきて、ルナリア様もジュリア様も後から参加した令嬢達におくれを取るわけにはいかない、と熱心に鍛錬にはげむようになってきていた。

 まあ、新たに参加したご令嬢は一回参加して以降は『鍛錬よりも応援に回ります!』と言われることの方が多いのだけれども。

 ルナリア様とジュリア様は噂話や悪口を言う余裕がなくなってきたのか、彼女達から負の感情を聞くことはない。

 身体もまってきたし、いいけいこうですわ!

 希望に満ち溢れていると――


「なあ、ずっと気になってたんだけど、あんたら何してんだ?」


『攻略対象 騎士団長の息子(猫耳に弱い)』を頭の上に浮かべたダルク・メルディス様が話しかけてきた。


「まあ、ごきげんよう。メルディス様。鍛錬ですわ。悪から善へなるために、彼女達と鍛錬してますの」

「……。よくわからないけど、あれじゃ逆に身体こわすぜ。負荷をかけすぎ」


 さすが、将来の騎士団長候補ですわね!

 猫耳を愛する変態さんですが……、ここは助言を頂きたいところですわ。


「そうですか。ところで猫耳はどうしてお好きなんですか?」


 あ……、自然と一番気になっていたことが口から出てしまった。


「ええっっっっ!?」


 ダルク・メルディス様、驚いてますね。

 ごめんなさい。だって気になりすぎるんですもの。


「そ、そうか……、『とうの能力』か。え? そんなところまで見えるの? っていうかどこまで見えてるの?」


 シルヴィール様の側近である彼には私の異能である『透視の能力』は知られているようだ。

 狼狽うろたえるダルク・メルディス様に、思わせぶりに微笑んでみる。


「協力、していただけますか? 彼女達の鍛錬に」

「……わかった……」


 ダルク・メルディス様は諦めたようにしょうだくしてくれた。

 こうして私達の鍛錬に、優秀なアドバイザーであるダルク・メルディス様が加わった。


「それで、今はどんなトレーニングを行ってるんだ?」

「走り込みに、護身術げいを少々、淑女擬態訓練としょうして、ダンスの練習や、ゆうなお茶会と見せかけ、座りながら足を浮かす筋肉トレーニングをしたりしていますわ!」


 得意げに言い切った私にダルク・メルディス様は深いため息を吐いた。


「なんだその過密訓練は……。一気に色々しても筋肉がバラバラに鍛えられてバランスが悪くなるぞ。今度負荷が多すぎないバランスの取れたメニューを作ってやる」

「「ありがとうございますぅぅ!」」


 いつの間にやってきたのか、ルナリア様とジュリア様が瞳をうるませながら、ダルク・メルディス様をかんげいするのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る