1-5



 放課後、ジュノバン伯爵家に招かれたお二人は、鍛錬服を身にまとった私にむかえられ、ポカンとした表情になった。


「ルナリア様、ジュリア様! 私と共に鍛錬をいたしましょう!」

「「へ……?」」


 心の健康は身体からだの健康でもあると、そう幼いころから学んできた。鍛錬を積むうちに私は精神力が人並み以上に鍛えられたのだ。

 少しだけふくよかなこのお二人、身体に良くないから心も乱れるのだわ。

 それなら――


「ルイーゼ様! もう許してくださいまし!」

「頑張ってくださいませ。淑女たるもの、弱音をいてはいけませんわ」


 ジュノバン伯爵家の鍛錬場にルナリア様とジュリア様の悲鳴のような声がひびく。私の鍛錬のしょうであるタニアと共に、私はお二人の心と身体の鍛錬に協力していた。

 柔軟体操から始めているが、身体を少し曲げただけでごくの果てからげ出すような悲鳴を上げては許しをだいだ。

 ちなみにジュリア様はくっしん運動で膝をやってしまったらしい。ジュノバン伯爵家のコックよりも硝子ガラスの膝だった。

 これはどうしたものかと師匠であるタニアに視線を送ると、ニッコリと微笑まれた。


こんじょうあるのみ! ですよ!」

「……だそうですわ。しかし、のかけすぎも身体には悪そうですわね。お二人にはまず減量していただいた方が良いわ。タニア特製のミックスジュースでえダイエットを……」


「ひえぇぇぇぇ! 青い、このジュース青いですわよ! な、なまぐさいですわ――!」

「美容効果もありますわ。さあ! ぐいっと!」


 お二人の鍛錬は始まったばかりだ―― 。




「ルイーゼ様、お聞きになりました? あの男爵令嬢は……」

「ルナリア様、余裕がありそうですわね。今日は少し荷重を……」

「何でもありませんわ!」


 一週間ほどでルナリア様もジュリア様も噂話や悪口を言うひんが減ってきた。

 第二王子の婚約者の友人というしょうごうがよほど欲しいのか、お二人とも根性を見せ、鍛錬の効果が出始めていた。

 このまま『悪役令嬢』仲間皆で頑張れば、今度こそ頭の上に浮かぶ文字も変わるかもしれない。


「さあ、動くことに身体が慣れれば、このような高度なダンスのステップも踏むことができますわよ」


 ただの鍛錬だけではなく、淑女としてのたしなみも忘れない。

 タニアに男性パートをおどってもらい、かろやかにステップを踏む。淑女の社交にはダンスがひっなので、ルナリア様もジュリア様も目を輝かせて私達のダンスを見ていた。


「す、凄い……! 息切れもせず、難しいステップをこんなに軽やかに……」

「私達もこんな風に踊れるでしょうか……」

「勿論ですわっ! そのためにも、まずはダンスに必要な筋力と持久力をつけましょう。さあ、走りますわよっ!」

「「はいっ!」」


 学園で遠巻きにされていた私に、最初に声をかけてお友達になってくれたお二人。

 鍛錬で心身共にみがげるだけでなく、少しでも恩を返したくて、王子妃教育でつちかったことをしみなくつぎ込むことにした。

 そして完璧な淑女にもなって、私達は善行令嬢一派の名をとどろかせるのよ!


「ルイーゼお嬢様は何を目指しているのでしょうか……」


 ゆうに向かって走る私達を、侍女のマリィがかなり引いた目で見ていた。




 ジュノバン伯爵家で行うルナリア様とジュリア様の鍛錬は毎日行えるわけではない。やはり貴族のご令嬢だし、放課後には用事もあるからだ。

 そこで、定期的なスケジュールを確保するため、学園でも鍛錬できるように取り計らった。


「ということで、学園長には許可を頂きました! 学園の訓練場で隙間時間に鍛錬ですわ!」

「「えええええええっ!!」」


『王立学園 学園長(が痛い)』が頭の上に浮かんだ学園長に、ちまたで人気のふわふわ円座クッションと、お父様ので入手した痔の特効薬をお渡ししたところ、快く許可を頂けた。

 学園のしき内には、いくつかの訓練場がある。剣術だったり、じゅつだったり、専門的な訓練が行えるように、学園が許可した学生には使用権があたえられるのだ。


「さあ! ルナリア様、ジュリア様! 鍛錬部のほっそくです!」

「「ひえぇぇぇぇぇぇぇ」」


 ルナリア様とジュリア様と始めた鍛錬は、結構本格的になってきたので『鍛錬部』と勝手に命名した。我ながら良いめいしょうだと思う。

 かんの声を上げるお二人を見ると、学園長に頼み込んで良かったと心から思えた。

 学園なのでタニアがいないことだけが少し寂しいが、長年鍛錬を積んできた私だけでも、きっとお二人の力になれるはず。


「お二人に喜んでいただけて良かったですわ。色々とメニューを考えてきましたのよ。学園では人目に触れてしまいますから、お二人がずかしがらないよう、重りを付けながらのお茶会など淑女たい訓練を……」

「しゅ、淑女擬態……!?」

「さあ! 今日も頑張りましょうね!」


 手始めに訓練場の外周をする私の後ろを、ルナリア様とジュリア様は悲鳴を上げつつ、付いてきてくれた。



「……あいつら、何やってんだ?」


 一方その頃、隣の訓練場で剣術の訓練をしていたダルク・メルディスは、ルイーゼ達をながめていた。


「ダルク様ぁ! 訓練おつかさまです! これ、タオルと飲み物、よかったらどうぞー!」

「あ、ああ……ありがとな」


 噂のピンクブロンドの男爵令嬢ピクセル・ルノーがダルクに付きまといながら、にっこりと笑む。しかし、ダルクの視線の先に気付き、


「悪役令嬢と取り巻きが訓練? 悪役令嬢、脳筋にでもなっちゃったのかな。ま、いっか! 私には関係ないし、攻略の方が大事だもんね!」


 誰にも聞こえないように、そう呟いていたのだった――。


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