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「お初にお目にかかります。ルシフォル・エルナーデと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 そう言って綺麗な所作であいさつをした彼は、緑色の髪に緑色の瞳を持ち、ぎんぶちの眼鏡がよく似合っているが――


『攻略対象 さいしょうむす(変態)』と頭の上に浮かんでいる。


 優秀なご子息と噂で聞いていたが……まさか、『変態』とは思ってもみなかった。

 え? 本当に変態ですの? 何だかルシフォル・エルナーデ様を見る目が変わってしまいそうですわ。



「俺はダルク・メルディスだ。かたくるしいのは苦手で、無礼を働くかもしれないが、大目に見てもらえると助かる。よろしく頼む」


 燃えるようなあかかみに紅い瞳の筋肉マッチョである彼の頭の上には――


『攻略対象 騎士団長の息子(ねこみみに弱い)』が浮かんでいた。


 現騎士団長のご子息であるダルク・メルディス様はこうなイメージであったが、まさかの猫耳に弱いらしい。なんだか変態の香りがしますわ。



「……ジョルゼ・リーデハットだ。……よろしく」


 クールに言い切った彼には――『攻略対象 こうしゃくちゃくなんはちみつ大好き)』が頭の上に浮かんでいる。


 黒髪に黒曜石のような瞳の持ち主で、その冷たいまなしにかげでは『氷の貴公子』と呼ばれるほどご令嬢の人気が高いと聞いたことがある。そんな外見に相反して蜂蜜が大好きらしい。

 え? 蜂蜜ですの? 全く想像できませんわ。ある意味変態なのかもしれない。


 国を背負うような面々なのに、頭の上に浮かぶみょうな文字のせいで全く眩しく見えないのが残念だった。

 そして、ふと気づく。

 皆シルヴィール様と同じく『攻略対象』の文字があるではないか。

 え? なんでですの? 『攻略対象』って仲間がいるんですの?

 あまりのしょうげきに彼らをぎょうしてしまう。


「ル、ルイーゼ・ジュノバンですわ。どうぞよろしくお願いいたします」


 たりさわりのない笑顔を作り、挨拶を返した。

 頭の中は、彼らに浮かぶ文字のことでいっぱいですけれど……。


「皆、ルイーゼは私の婚約者だ。よろしく頼むよ」


 かつて『攻略』という文字について怒り、闘志をメラメラと燃やしていたシルヴィール様。でも同じ文字の仲間がいましたよ! と、私はキラキラした目でシルヴィール様を見上げる―― が。

 ちょっと待って。まさか……攻略対象って変態の集まり!? ということはシルヴィール様も!?

 ちょろい変態って何でしょうか! ああ、めいきゅうりですわ。


「どうしたのかな? ルイーゼ」

「い、いえ! 何でもありませんわ」


 まさか、シルヴィール様一派が変態なのかどうかを推察していたなんて、口がけても言えない。

 すように元気に返事をするが、心をかされるような視線を返され、少しごこが悪くなる。


「私達は学長に呼ばれているから申し訳ないけど、少し席を外さなければならないんだ。ルイーゼは一人で大丈夫かい?」

「大丈夫ですわ! いってらっしゃいませ!」


 この変態(?)一派と離れられる、とつい満面のみになってしまった私に、シルヴィール様は微妙な顔をしながら側近の方々を引き連れて学長室へ出向かれていった。

 その姿を見送りながら私はやっとひといきいた。やはりちょうぜつ美形の王子様や側近の方々のそばにいるだけで無意識にかたに力が入っていたらしい。

 やっとゆうができて、今のじょうきょうを整理してみる。

 初めて同じ文字が揃っているところを見た。『攻略対象』とは何人もいるものなのだろうか。そして変態なのか……。

 学園が始まったことで、何だか今までと状況が変わった予感に胸がざわついた。


 教室はまたさわがしさを取り戻し、ふと振り向くと、先ほど校門前でぶつかった女生徒も同じクラスにいることに気が付いた。

 はかなげな美少女である彼女の周りにはお近付きになりたい男子生徒があふれている。それを冷たい目で見つめるご令嬢もいて、善行令嬢の私は少し心配になってしまった。


「あら、あの子がいやしいしょみんの成り上がりみたいよ」

「ああ、『いやしの力』の素質があるからってルノーだんしゃく家に養子に入ったというピクセル・ルノー男爵令嬢ね。本当に庶民くささがけていなくて、見苦しいですわ」


 ピンクブロンドの彼女はピクセル・ルノーというお名前らしい。それよりも気になるのは……明白にけん感を醸し出している令嬢達の上に、

『悪役令嬢の取り巻きその①(破滅する)』

『悪役令嬢の取り巻きその②(がえるが破滅する)』

 と浮かんでいることだ。


 え、『悪役令嬢』って書いてありますわ!

 私の……『悪役令嬢』の仲間ですの? しかもその②は寝返るのに破滅するの? 不憫すぎません?

 それに、『悪役令嬢の取り巻き』という文字に、自分の破滅する運命に家族だけではなくこのお二方も巻き込んでしまっている気がして申し訳なくなった。

 罪悪感で見つめていると、視線を感じたのか目が合ってしまう。


「第二王子殿下のご婚約者と同じクラスなんて光栄ですわ。私ルナリア・フォレスターと申します」


『悪役令嬢の取り巻きその①(破滅する)』を頭の上に浮かべた派手なメイクのご令嬢、ルナリア様が近付き挨拶してくる。


「ジュリア・レインデスと申します! 是非とも仲良くしてくださいませ」


『悪役令嬢の取り巻きその②(寝返るが破滅する)』を頭の上に浮かべた、ルナリア様より地味めな顔立ちのジュリア様も負けじと物凄い圧で挨拶してくれた。


『絶対に第二王子の婚約者の友人になりたい!』という勢いに負けそうにはなるが、お二人は所謂いわゆる運命共同体である。

『悪役令嬢』の運命を背負うそうかつ責任者の私がひるむわけにはいかない。


「ルイーゼ・ジュノバンですわ。よろしくお願いいたしますね」


 絶対にお二人とも破滅なんてしてほしくない。ジュリア様は寝返るらしいけど……。

 できれば一緒に運命を変えたい。お二人を破滅に巻き込まないためにも、善行をより頑張らなければ! 一人じゃダメでも、三人が善行を積めば善行が三倍になるから運命が変わるかもしれない。


「お二人とも、どうぞ仲良くしてくださいませね!」

「「勿論ですわ!!」」


 こうして私達は熱い思いを胸に秘めながら、お友達になった。


「それにしてもお聞きになった? あのご令嬢は……」


 お二人は止まることなく噂話を始める。

 すごいわ……。ちょうほういんかと思うくらい色々な情報を持っているのね。でもいけないわ、めちゃくちゃ『悪』っぽいですわ!

『悪役令嬢』から『善行令嬢』になるには、噂も悪口もごはっだ。

 お二人は『悪役令嬢』を頭の上にかかげた同志である。『善行令嬢』にお二人を導くためには……やはりあの方法しかない。


「ルナリア様、ジュリア様。私、お二人との仲を深めたいと思いますの。放課後、我が伯爵家にいらっしゃいません?」

「ま、まあ! よろしいのですか? 勿論喜んでうかがいますわ!」

「私達もルイーゼ様ともっと仲良くなりたいのです! よろしくお願いしますわ!」


 嬉しそうなお二人に私もニッコリと笑みを浮かべた。


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