1ー3


***



「ルイーゼ様、とうちゃくいたしました」


 馬車にられうとうとしていた私にマリィが声をかけてくれ、はっと目を覚ます。久しぶりの外出にこうようし、昨夜はなかなかねむれなかった。


 今日は王立学園の入学式。

 馬車の窓から見えるお城のような豪華な建物にゴクリと息を吞む。

 真新しい制服に身を包み、むなもとには多分かなり高価であろうシルヴィール様から贈られたブローチが輝いていた。 


 ……絶対に、傷一つ付けられませんわ。


 嫌な緊張感も追加され、なんだか馬車から降りるのもドキドキしてしまう。

 決意と共に馬車のドアを開けると、ぎょしゃではない綺麗な手がスッとべられた。


「お手をどうぞ。ルイーゼ」

「えっ?」


こうりゃく対象 第二王子(ちょろい)』を頭の上に浮かべた、キラキラとした笑顔を振りまくシルヴィール様が何故かいた。

 久々の再会であり、予想外の登場に素っとんきょうな声を上げてしまったが、断るわけにもいかず、おずおずと綺麗な手の上に自分の手を置いて、馬車を降りた。


「あ、ありがとうございます」

「ちょうど私も着いたところだったんだ。久しぶりだね、ルイーゼ。制服も似合っているよ。ブローチも付けてくれたんだね」


 相変わらずお人形のような顔で綺麗に微笑むシルヴィール様は、私の胸元に付けられたブローチにそっとれた。


「あ、ありがとうございます。ブローチも、身に余るほどの素敵な物を頂きまして、感謝しておりますわ。シルヴィール様も制服がよくお似合いです」


 久しぶりに会ったシルヴィール様は、おくにある彼よりもさらに洗練されていて、完璧な笑顔でみなに平等にう態度は全くすきのない第二王子に見えた。

 あまりにも完璧すぎて、だれにもみ込ませないかべを作っている印象を受ける。子どもの時に一度だけ見た裏の顔がちらっと見えるようなりもなく、『ちょろい』とは正反対に思えるけれど……。

 文字が変わらないところを見るに、シルヴィール様も苦労しているんだな、と思う。

 入学式会場までエスコートしてくれることになったシルヴィール様と共に、王立学園の門をくぐろうとしたしゅんかん――


「痛っ!!」


 思いっきり誰かにぶつかられてよろめいてしまう。まあ、鍛錬を重ねた私は簡単に地面にひざはつきませんけれども!

 ぶつかってきた女生徒はんでしまったようで、しりもちをついていた。


だいじょうかしら? おはなくて?」


 心配になって女生徒に手を差し伸べる。善行令嬢ですもの、づかいはおこたりませんわ。


「はい……えっ!?」


 彼女は何故か物凄くおどろいた表情で顔を上げ、私ではなくななめ後ろにいるシルヴィール様の方を見つめていた。

 ピンク色のふわふわした髪にエメラルドのような緑色の瞳。


 あら、可愛かわいらしい。とれると同時に……、『主人公(あざといヒロイン)』と頭の上に浮かんでいるのが見えた。


『主人公』『あざといヒロイン』といった聞いたこともないような言葉に首をかしげながらも、いまだにポカンとした表情の女生徒に視線をもどした。

 彼女は何かを待っているような様子だったが、やがてこんわくした表情になり、


「あ、あれ? 王子様は? っていうかおこらないの? おかしいなぁ」


ブツブツと何かをつぶやきながら自分で立ち上がった彼女は、そのまま謝罪をして風のように門の中へ消えていった。


「ルイーゼ、大丈夫かい? 怪我はない?」

「はい。大丈夫ですわ」


 むしろ思いっきり吹き飛んでいた彼女の方が心配だ。まあ、元気に走っていったので大丈夫だろうと気に留めないこととした。




 クラス分けが発表され、私とシルヴィール様は一緒のクラスだった。


「ルイーゼ。これからよろしくね」


 入学式後もずっととなりにいるシルヴィール様にニッコリと微笑まれる。


「は、はい、お願いしますわ!」


 ここ数年会うことのなかったシルヴィール様と、これから毎日顔を合わせると思うと何だか不思議な気持ちだ。

 シルヴィール様と共にクラスに入ると、いっせいに視線を浴びる。社交界から離れて暮らしていたため少しおよごしになってしまう。


「殿下と一緒にいるあの方は……、もしや今まで姿を現さなかったご婚約者では?」

「まあ! いえがらはくしゃく家とお聞きしていますわ。特別ゆうしゅうなのでしょうか。気になりますわね。殿下に相応しい方なのか……」


 コソコソと貴族令嬢のうわばなしが聞こえた。

 確かに異能については、王族に近いある一定の貴族にしか公表されていないため、爵位がそこまで高くない伯爵令嬢が第二王子の婚約者であることになっとくいかないのはうなずける。

 みされるような視線に、私は背筋を伸ばして堂々とシルヴィール様の横に立つ。

 善行令嬢に後ろめたいことなんてないのですから!


「私の婚約者のルイーゼだ。皆仲良くしてほしい」


 シルヴィール様もにっこりと完璧な笑顔を見せると、教室の中のヒソヒソ声はいっしゅんでなくなった。


「そうだ、ルイーゼ、私の側近をしょうかいしておくね。これから色々と私を通して関わり合うこともあるだろうから、よろしくたのむよ」


 そう言って、同じクラスになったシルヴィール様の側近の方々が呼び寄せられる。

 思い返せば何年も婚約者として過ごしてきたが、側近の方々と会う機会はなかったなと思う。

『異能者』としてまもられ伯爵家に引きこもっていたのだから仕方がないが、初めてお会いする面々を見て、私は頭の上に浮かぶ文字に絶句した。


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