***



 鍛錬の日々が続いたある日、ジュノバン伯爵ていに王家の印がされたしょうかんじょうが届いた。

 心当たりのないお父様は『何か悪いことでもしたのか!?』とおびえていたが、私も同行するよう書かれており、首を傾げていた。


(ルイーゼの能力については誰にもらしていないはずだし……、どうしてだろう)


 お父様はしばらく物思いにふけっているようだったが、王命を無視するわけにもいかず、私をともなって王宮へ参ることとなった。



「よく来てくれたな、ジュノバン伯爵とご令嬢よ」

「はっ。ありがたき幸せに存じます」

「ジュノバン伯爵が娘、ルイーゼと申します、国王陛下……」


 きんちょうしながら、父と並んで最上級の礼をとり、深く頭を下げる。

 当たり前だが、国王と対面するなんて初めてで、緊張して足がブルブルとふるえる。


おもてを上げよ」という陛下の声で、私たちはカチコチになった顔をなんとか上げた。

「さて、そなたの娘について興味深い話を聞いたのだが……どうやら異能を持っているそうだな?」


 何故陛下がそのことを!?

 私はどうようし、父は顔面そうはくになって勢いよくひざをつき頭を垂れた。あわてて私も同じ体勢をとる。


「はっ! も、申し訳ございません。かくそうとしたわけではなく、娘が体調不良だったので、時機を見てからのご報告にしようと思い……」

「よい。どうやら、他者の秘密などがわかるそうだな? そんな能力は聞いたこともない」


 そう言って、国王陛下は私にさぐるような視線を向ける。

 そうだ、相手は国王陛下。ジュノバン伯爵家始まって以来のおおそうどうをいくら隠したところで、陛下の耳にはなんらかの形で伝わってしまう。

 このお方は、あまねく貴族の情報をつかんでいる、歴代でもけんおうと名高い国王陛下なのだから。きっとどこからか『異能』の話を聞きつけ、調べ上げているにちがいない。

 絶対にうそなどついちゃだめだ、としゅんに私は理解した。


「何がどう見えるのか、説明してもらおう。……シルヴィール!」


 国王陛下に呼ばれ姿を現したのは、第二王子であるシルヴィール・ナイル殿でんだった。

 我がナイル王国には二人の王子がいる。第一王子のシュナイザー殿下と四つ年がはなれて生まれたのが第二王子のシルヴィール殿下である。

 銀色の星空のような美しいかみに、深い海のようなあおい瞳を持つ、この世のものとは思えない容姿のシルヴィール殿下に、お父様は言葉を失い見とれているようだ。


「さあ、ジュノバン伯爵令嬢には、シルヴィールの文字を見てもらおうか。我がむすにはなんと書いてあるのだ?」


 私も本来ならばそのキラキラした容姿にうっとりするところかもしれない。しかし私の視線は、シルヴィール殿下の頭の上に浮かぶ文字にくぎけだ。



こうりゃく対象 第二王子(ちょろい)』

 その文字にポカンと口を開けてしまった。



「―――― ちょろい?」


 正直に口に出してしまい、我に返った私は自分の失態に青ざめ口元を手で押さえた。

 シルヴィール殿下は吃驚びっくりした表情になり、お父様は瞬時にれいに土下座し声を張り上げる。


「ももももも、申し訳ございませんっ!!」


 私もお父様にならって土下座しようとすると、シルヴィール殿下に制された。


「伯爵も面を上げてください。私は気にしていません。それよりも……なるほど。ジュノバン伯爵令嬢はおもしろいね」


 その瞳は何か面白い玩具おもちゃを見つけたように輝いて見えた。


「私の頭の上には『ちょろい』って浮かんでいるのかな?」


 恐る恐るコクリと頷くと、更にシルヴィール殿下は私に近付いてきた。


「ちょろいってどういうこと?」

「ちょ、『ちょろい』としか書いてないので、詳細は……」

「他には何か書いてある?」


 ――『攻略対象』の意味はわからないし、何だかきつな予感がするから今は言わない方が良いかしら?

 噓にはならないはんで正直に答えることにした。


「えっと……『第二王子』と……」

「ふぅん。その人の立場や役職と、その他にとくちょうなんかが見えるわけだね」

「そのようです」


「ちょろいの他には、特徴は見えないの?」

「……いつも一つしか書かれていません」


 ばやに質問され、目を白黒させながら答えていると、国王陛下がシルヴィール殿下を制する。


「そんなに質問めにするとジュノバン伯爵令嬢も困ってしまうだろう。そうだな、もう一人、見てもらおうか」


 そう言われ、国王陛下のそばに仕えていたさいしょう様が呼ばれた。

 じっと宰相様の頭の上を見ると――『宰相(髪の毛がうすい)』と書かれていた。

 心の底から言いにくい。見た目はふさふさだからこそ、言いにくい。

 モジモジする私に、シルヴィール殿下が気付いてくれ、そっと耳打ちするようにづかってくれた。


「『宰相(髪の毛が薄い)』と書かれています」

「……ふふ、それは言えないね。父上、ジュノバン伯爵令嬢の見えている文字に恐らくそう違いはないかと。宰相のめいのために公言は差し控えますが」


 シルヴィール殿下の言葉に宰相様はぎょっとした表情になる。

 シルヴィール殿下に耳打ちされ、真っ青な顔で頷いている。……宰相様の秘密は絶対に公言しないとちかいますので、安心してください! と心の中で謝っておいた。


「ほう。シルヴィールの『ちょろい』は検証しきれんが、見えるというのは本当のようだな。これはひょっとすると、秘密をあばくほどの重要な異能。今後の対応について伯爵と相談させてもらおう」


 そう言って、私とシルヴィール殿下だけ別室に案内された。

 当然だけれど、国の絶対的な存在である陛下の秘密を暴くなど、誰かが聞いているかもしれない場でしたらけい確定だ。

 だから国王陛下も「私の文字はなんだ?」とは聞かなかったのだ。

 では、シルヴィール殿下の文字は何故この場で見ても良かったのだろう――?

 考えに耽っているうちに、お茶の準備がされ、シルヴィール殿下の指示で従者も下げられ、二人だけのティータイムが始まってしまった。


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