私の上に浮かぶ『悪役令嬢(破滅する)』って何でしょうか?

ひとまる/ビーズログ文庫

プロローグ


「ねえねえ、お父さま、『にょーさんち』ってなんですか?」


 私、ルイーゼ・ジュノバンはくしゃくれいじょうには物心ついた時から、人の頭の上にかぶとうめいな板と、そこに書かれている不思議な文字が見える――。


 今、私が指差しているコックの上には『料理人その①(尿にょうさんが高い)』。

 私付きの後ろにひかえるじょの上には『侍女その③(年上が好き)』。

 ……など、その人の職業らしきものと、なんともみょうな情報が浮かんでいる。


「え? ルイーゼ、何を言ってるんだい?」


 私の指差す方を見て、お父様は首をかしげた。だから私は必死になって言う。


「お父さま、コックの頭の上に浮かんでいる文字のことですわ。『にょーさんち』って書いてあります!」

「尿酸値!?」


 幼い子どもが知るはずのない言葉を言うものだから、お父様はかなりおどろいたらしい。


「聞きちがいかな。頭の上に浮かんでいる文字ってなんだい? お父様には何も見えないよ」

「えっ? でも、みんなの上に浮かんでいますわ」


 キョトンとした私以上に、お父様と周りにいた使用人たちがそうぜんとなった。

 当たり前のことを言っただけなのに、何を驚いているのだと私は首を傾げる。


「(私のむすめがおかしくなったのか!? いや、落ち着くんだ!)ルイーゼ、お父様にもっとくわしく教えてくれるかい?」


 私の背の高さに合わせてしゃがんでくれたお父様が指し示す、コックの頭の上をじっと見つめる。


「コックには『料理人その①(尿酸値が高い)』という文字が浮かんでいますわ!」

「そ、そうか。ありがとう、ルイーゼ。コックよ、思い当たることはあるか?」


 お父様に問いかけられて、ややふくよかなコックはかぶっていたぼうを取ってにぎめ、コクリとうなずいた。


「は、はい、だん様。確かに医者に尿酸値のあたいに気を付けた方がいと言われました。しかし、そのことはだれにも言っておりません。何故なぜルイーゼおじょうさまがご存じなのでしょう」


 なんとコックは医者から尿酸値が高く痛風になりかけているとしんだんされ、最近なやんでいたらしい。

 話を聞き、私が言い当てた内容が照合できたことに父は目を白黒させた。


「で、では、この侍女の頭の上には何か浮かんでいるかな?」

「えっと、『侍女その③(年上が好き)』と浮かんでいますわ」


 そう言ったしゅんかんに、侍女の顔が赤く染まり、観念したかのように首を縦にった。


「お嬢様の言う通りです。私はそのようなこうを持っていますが、決して誰にも言っておりません!」

「(なんてことだっ! 当たっている!?)ならば、私には何が浮かんでいるのかな?」

「お父さまは……」


 お父様の頭の上を見上げ、私はひゅっと息をんだ。

 ニッコリと微笑ほほえむお父様にこの内容を伝えるのがはばかられ、


「えーっと、私の父って書いてありますわ」

「そうか。私の文字はつうなんだね」

「そ、そうですわねっ!」


 何とかその場をした。その後、いくつか質問され、お父様はしんけんな表情で使用人たちとしつしつもってしまった。


 自室にもどって一人になり、私は今までのじょうきょうを整理した。みんなの頭の上に浮かんでいる文字は、お父様たちの反応を見る限り、どうやら私にしか見えていないらしい。

 でも一番の問題は、お父様の頭の上に浮かんでいた――『悪役令嬢の父(ぼつらくする)』という文字。

 人の上に浮かぶ透明な板は頭の上で固定されているので、都合よくこちらに近付けて見たり、文字を拡大したりすることはできない。

 お父様は背が高くて見えづらかったし、それに、文字が浮かんでいるのは当たり前だと思っていたから、今まであまり深く気にすることはなかった。

 しかし、まさか『没落する』と書かれていたなんて。

 幼い私でも、貴族の娘である以上、その意味は知っている。これは未来に起こることなのだろうか。おんこうやさしいお父様が、没落するとは思えない。

 それに、もう一つ気になることがある。『悪役令嬢の父』……『悪役』はさておき『令嬢』というと、ジュノバン伯爵家には私しか娘がいないわけで……。


「ま、まさか……っ」


 もしも、私の頭の上にも、同じように文字が浮かんでいるとしたら――。

 おそる恐る鏡をのぞき込んだ。


「う、うそ……」


 今までは自分の頭の上にも文字が浮かんでいるという発想にならなかったから、気にしたことがなかった。朝のたくの時でも、鏡の前に座るがけていてちゃんと見ていない。

 それに、自分の頭より上の方を映さないと見えないし、そんなくうをわざわざ鏡に映すことなどなかったから……気が付かなかった。



 私の頭の上には――

『悪役令嬢(めつする)』

 そう浮かんでいたのだった――。



 あ、悪役令嬢って……やっぱり私のことでしたのっ!? それに、『破滅する』って!!


「『悪役令嬢』って何ですの……?」


 鏡には真っ青になった自分が映っている。バクバクと心臓の音がうるさひびく。

 気が付きたくなかったと心底思うが、気付いてしまったので仕方ない。深呼吸をかえすと、やっと気持ちが落ち着いてきた。もう一度、しっかり考えてみよう。

『悪』は、悪いこと。『役』は、劇の役者の『役』よね? ということは……私は悪者役の令嬢ってこと!? もしかして、私が悪者だから、伯爵家が没落する運命に……!?


「全て……私のせい……?」


 暗い未来をいきなり提示されたようで、これからどうしたらいいのか、絶望し落ち込んでいると、部屋のとびらをノックする音が響いた。

 そのままお父様が、興奮をおさえきれない様子で部屋に入ってくる。


「ルイーゼ、いきなりだがよく聞いてほしい。お前には特別な力があるようだ。けれども、能力のしょうさいが明らかにならない今、暗にこの力が知られてしまうと危険かもしれない。しばらくはだけの秘密にしよう。わかったね?」


 戻ってきたお父様にそう説明され、私はコクリと頷いた。

 お父様の期待にあふれた視線を浴びながら、心の中はずんとしずんでいて、お父様の目を真っすぐに見られなかった。


「お、お嬢様がデザートを残されたっ!?」

「た、大変だ――っ!!」


 その日の夕食、私は全く食欲がかず、食後のデザートを残してしまった。すると使用人達に大層心配され、何かの病気じゃないかと医者まで呼ばれるさわぎとなった。


「ああ、ルイーゼ、だいじょうかい?」

可愛かわいいルイーゼがデザートを食べないなんて、じゅうしょうだっ!」


 私に甘いお父様やお兄様たちにも心配される。お母様はおおなお父様たちをはらい、私の頭を優しくでてくれた。


「ルイーゼ、何か悩んでいるの?」

「いいえ、な、何でもありませんわっ!」


 流石さすがに自分が悪役令嬢で、将来伯爵家を没落させる原因かもしれないので落ち込んでいる、とは言えなかった。


「あなたに元気がないと、お母様もお父様たちも心配なの。何があっても私たちはあなたの味方よ。それだけは覚えておいてね」


 優しいお母様の言葉になみだが出そうになってしまった。

 ちなみにお母様の頭の上には『悪役令嬢の母( びる)』と浮かんでいる。お母様……お父様を捨てて逃げるってことかしら……と複雑な気持ちになる。

 何はともあれ、私は優しいこの家族を、伯爵家のみんなを、没落なんてさせたくない。

 どうすれば、悪役令嬢にならなくて済むのだろうか。

 思い返せば、お父様やお兄様にできあいされて、甘やかされて、私はままばかり言っていたような気がしてきた。それってものすごく悪者っぽくないだろうか。

 だ、今すぐやめよう! むしろ悪者の反対になるには……


「善行……」


 ポツリとつぶやく。


「え? ルイーゼ、なぁに?」


 光明が差した気がした。

 そうだ、私は、『悪役令嬢』ではなく、『善行令嬢』になればいいのだ。


「『破滅』と、『没落』を防ぐためにも……『善行令嬢』になりますわ――っ!」


 こうして私は善行令嬢を目指すことを心に決め、変なことを口走り始めた娘を見てお母様はさらに心配するのだった。




「『善行とは、善い行いをすること』……なるほどね、善い行い……」


 さっそくジュノバン伯爵家の図書館でとにかく善行に関係しそうな本を読んでみたが、難しくて幼い私には理解できなかった。


「悪をたおすのは……様よね! そうですわ、騎士様に聞いてみましょう!」


 読書をあきらめた私は、善は急げと伯爵家おかかえの護衛騎士のもととつげきした。


「自身に宿る悪を倒すにはどのようにしたら良いんですの?」

「お嬢様? そ、そうですね、心身をきたえれば、悪はめっきゃくされます」


 護衛騎士は驚きながらもそう教えてくれた。心身を鍛え上げた護衛騎士は一点のくもりもなく、とても格好良く見えて、私はひとみかがやかせた。

 まずは、心身を鍛えましょう! そう決心する。


「お父さま! 私、心身を鍛えたいのです!!」

「と、とつぜんどうしたんだい、ルイーゼ」


 訓練やけんじゅつを学びたいと両親へせがんだ。もちろん、貴族令嬢には必要ないと両親には反対されたが、


「私はこれまで我が儘を言ったり、甘やかされてきたりしたのだと自覚しましたの。おのれを律するために、心身を鍛えなければと、そう決心したのです。どうかお願いしますわ!!」

「ル、ルイーゼ……、なんて立派になったんだ。けれどもやはりたんれんなど……」

「私、がんりますわ! もう決めましたのっ!」


 そう言って押し切った。お父様たちも私がすぐに音を上げると思ったのだろう。最後はしぶしぶ承知してくれて、この日から基礎訓練が開始となった。

 伯爵家の護衛騎士の一人が指導者になり、まずはじゅうなん体操と子ども用の軽めのぼっけんでのりから始まった。


「いいですわ! 善行令嬢に近付いてますわ――っ!」


 私の意味不明なごえを、護衛騎士は聞かない振りをしながら遠い目をしていたこと。

 そして、何故か最近こうをするようになった娘に両親が悩んでいたことを私は知らない――。



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