③
「緊張しないで、楽にしてね。お
「は、はい。ありがとうございます」
にこやかにお茶を
そんな私を見つめながら、シルヴィール殿下は本題に入った。
「さて、先ほどの検証のことだけれど。私が見てほしいと父に
そうだったのか、と私は頷く。たしかに『異能』の話を聞けば、自分に浮かぶ文字が気になるものだろう。
「私はね……王族とは常に
先ほどまでのにこやかな表情から変わって、
も、もしかして
しかし、次の瞬間にはまた作られたような綺麗な
「今日見たものを、君もジュノバン伯爵も誰にも言わないだろう? ……言ったらどうなるかわかるよね?」
「も、もちろんです」
王族の情報をばらまくなんてとんでもない!
ブンブンと首を縦に振った。
シルヴィール殿下はずっと
なんて不敬な思考を読んだかのように、シルヴィール殿下はふっと笑った。
「驚かせてしまったみたいですまないね。ジュノバン伯爵令嬢は本当に面白い。それにしても……ねえ、さっき何か誤魔化さなかった? 私の文字は『第二王子』だけではないんじゃない?」
ねえ、とすごい圧の笑顔で
これは誤魔化せない。そう
「も、申し訳ございません!! 『攻略対象』とも書かれていました! 文字の意味がわからなかったので言わなかっただけです――!」
意味不明の文字を隠していたことも
「攻略……」
静かにポツリと言ったシルヴィール殿下の背後が、
「聞いたことのない言葉だけど。攻略って、私が何者かに
「えっ? 『攻略』ってそんな意味が!?」
取り戻せない不敬をしてしまったのでは、と私は顔面蒼白になる。
頭の中がグルグルと混乱するが、とにかくここは正直に謝罪するしかない。
「すみません! 実は私も自分の文字に落ち込んでいて、なんでもかんでも正直に伝えるのは相手を傷つけるかもしれないから良くないと思っていて……。なのに怒らせることばかり言ってしまって申し訳ございません!」
必死に頭を下げる私に、シルヴィール殿下ははっと息を吞んだ。
「君……自分の文字が良くない内容なの?」
「……はい。詳しくは話せませんが、私のせいで家族まで不幸になってしまうかもしれない……そんな内容なのです」
「……そうか」
何か
「で、でも今は、そうならないように善行をしているのです!」
「善行?」
「はい! まずは心身を鍛えるべく、いろんな特訓をしているのですよ。知っていましたか? 手のマメを見れば、正しい
手のマメを
「君はやっぱり面白いね」
「そ、そうですか?」
シルヴィール殿下はひとしきり笑った後、真剣な目になって問いかけてきた。
「ねえ、見える文字の内容が変わることはあるの?」
「いえ、今まで変わったことはありません。私も、自分の文字が変わればいいなと思うのですが……。運命はそう簡単に変わらないものなのかもしれません」
「そう……」
すると殿下は
その表情は、今までの人形のような完璧な笑みではなく、彼の自然な笑みのように見える。そして何故か、
「あのね、さっきも言ったとおり、王子である私が、ちょろいだの誰かに騙されるなど有り得ない。そんな運命はどうしても許せない。だから私は自分の文字を変えてみせるよ。そうしたら、君も変えられるかもっていう希望が持てるでしょ?」
「王子殿下……」
思いもよらない言葉に、目を見開く。
『ちょろい』という
まさか反対に、シルヴィール殿下に励まされてしまうとは。
「シルヴィールって名前で呼んでほしい。
「えっ!」
突然の提案に声が裏返ってしまった私にまた微笑んでくれた。自分でも、彼がちょろく、誰かに騙される人になるなんて考えられない。短い時間ではあるものの、シルヴィール殿下は強い信念を持ち、自分を律して行動している人なのだと感じた。
きっと彼ならば、この頭の上に浮かぶ文字すら変えてしまえるかもしれない――。
自然とそう信じられる気がしてきて、なんだか自分のことにも希望が湧いてきた。
「ありがとうございます、……シルヴィール様。では私も、シルヴィール様が希望を持てるよう、頑張りますわね。どちらが文字を変えるのが早いか競争です!」
そう言って微笑み返すと、シルヴィール様は口元を手で
さっきまでのシルヴィール様を思い返すと、怒ったり、笑ったりと表情が豊かな方が本当の彼なのだろう。
でもその姿を見せてくれるのは
それが、先ほど彼の言った『王族とは常に完璧でなくてはならない』ということなのだろうけれど……人に弱みを見せずに常に気を張り詰めていても、それを悟られないようにする。そして、
今も
「わかった。……そういえば鍛錬って、誰に教えてもらっているの?」
「我が家の護衛騎士です! マメの件もそうですし、いろんなことを教えてくれるんです。
我が家の護衛騎士について熱く語っていると、何故かシルヴィール様の周囲の温度が下がっていく気がした。
「男の護衛か……。
何かをポツリと呟かれたけれども、小さすぎて私には聞き取れなかった。もう一度聞き返してみようかなと思ったところで、国王陛下とお父様が戻ってきた。
私のこの頭の上に浮かぶ文字を見る力は、『
異能については王族やそれに連なる貴族以外には詳細が伏せられ、
そこまで厳重に護っていただいてありがたいけれど、きっと私の能力はそこまで国に役立たない。
頭の上の文字が見えるって言ったって、基本はしょうもない内容なのに――過度な期待はやめていただきたいですわ!
それに……シルヴィール様も国王陛下も、誰も知らない。私の頭の上に浮かんでいる『悪役令嬢(破滅する)』という文字を。
私は複雑な気持ちになるが、今日はもう帰ってよいとのこと。ならば王家に護られる身分に
「父上、ルイーゼ・ジュノバン伯爵令嬢を私の
シルヴィール様からの
「ほう、お前が望みを言うなど
と何故か国王陛下も
たしかに、お父様はどの
王命だとすると、断るという
「こ、光栄でございます! 我が娘の婚約、お受けいたしますっ!」
お父様が深々と頭を下げ、この場で婚約が決まってしまった。
「よろしくね、ルイーゼ」
満足そうに目を細めるシルヴィール様のお人形のような綺麗な顔を、私はポカンとした顔で見つめ返すしかできなかった。
ちょっと待って。先ほど私の上に浮かぶ文字は、家族も不幸になるほど悪い内容だと伝えましたよね!?
たしかに競争しようとは言いましたけど、文字が変わる保証なんてないですし……いや、変えるために頑張りますけど……とにかく、王子の婚約者には相応しくない人間なんです! と信じられない気持ちで天を
こうして……私はナイル王国第二王子であるシルヴィール・ナイル様の婚約者となってしまったのだった。
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