「緊張しないで、楽にしてね。おは好きかな?」

「は、はい。ありがとうございます」


 にこやかにお茶をすすめられ、恐る恐る手をばす。

 そんな私を見つめながら、シルヴィール殿下は本題に入った。


「さて、先ほどの検証のことだけれど。私が見てほしいと父にたのんだんだ。どうしても自分の情報を漏らすことなく知っておきたくてね」


 そうだったのか、と私は頷く。たしかに『異能』の話を聞けば、自分に浮かぶ文字が気になるものだろう。


「私はね……王族とは常にかんぺきでなくてはならない。人に弱みを見せたり、特別を作ったりしてはいけないと、そう言われて育ってきたんだ。だからこそ『ちょろい』っていうのがどうしても許せない。……私が? 弱みなど作ってはいけない私が? ちょろいなんて絶対に有り得ない」


 先ほどまでのにこやかな表情から変わって、ちゅうから冷えた目になったシルヴィール殿下についぎょっとしてしまった。

 も、もしかしておこっていらっしゃる……!?

 しかし、次の瞬間にはまた作られたような綺麗ながおに戻っていた。


「今日見たものを、君もジュノバン伯爵も誰にも言わないだろう? ……言ったらどうなるかわかるよね?」

「も、もちろんです」


 王族の情報をばらまくなんてとんでもない!

 ブンブンと首を縦に振った。

 シルヴィール殿下はずっとみを浮かべていて、もちろんそれはれるほど美しいのだけれど。なんだか先ほどから様子がおかしいような……?

 なんて不敬な思考を読んだかのように、シルヴィール殿下はふっと笑った。


「驚かせてしまったみたいですまないね。ジュノバン伯爵令嬢は本当に面白い。それにしても……ねえ、さっき何か誤魔化さなかった? 私の文字は『第二王子』だけではないんじゃない?」


 ねえ、とすごい圧の笑顔でられ、背中に大量のあせが流れ落ちる。

 これは誤魔化せない。そうさとった私は瞬時に白旗を上げた。


「も、申し訳ございません!! 『攻略対象』とも書かれていました! 文字の意味がわからなかったので言わなかっただけです――!」


 意味不明の文字を隠していたこともけんしてしまい、もう終わったと土下座する勢いでその場に立ち上がると――


「攻略……」


 静かにポツリと言ったシルヴィール殿下の背後が、こおくような冷気をかもしているのは気のせいだろうか。


「聞いたことのない言葉だけど。攻略って、私が何者かにだまされると? 打ち負かされるという意味かな?」

「えっ? 『攻略』ってそんな意味が!?」


 取り戻せない不敬をしてしまったのでは、と私は顔面蒼白になる。

 頭の中がグルグルと混乱するが、とにかくここは正直に謝罪するしかない。


「すみません! 実は私も自分の文字に落ち込んでいて、なんでもかんでも正直に伝えるのは相手を傷つけるかもしれないから良くないと思っていて……。なのに怒らせることばかり言ってしまって申し訳ございません!」


 必死に頭を下げる私に、シルヴィール殿下ははっと息を吞んだ。


「君……自分の文字が良くない内容なの?」

「……はい。詳しくは話せませんが、私のせいで家族まで不幸になってしまうかもしれない……そんな内容なのです」

「……そうか」


 何かに落ちたようにシルヴィール殿下は目をせた。


「で、でも今は、そうならないように善行をしているのです!」

「善行?」

「はい! まずは心身を鍛えるべく、いろんな特訓をしているのですよ。知っていましたか? 手のマメを見れば、正しいけんの握り方をしているかどうか、わかるんですって! 私は変なところにできかけて……両親は騒ぐし握り方も間違っていたようで、善行にはまだまだですわ……」


 手のマメをながめる私に、シルヴィール殿下はこらえきれないように笑いをこぼした。


「君はやっぱり面白いね」

「そ、そうですか?」


 シルヴィール殿下はひとしきり笑った後、真剣な目になって問いかけてきた。


「ねえ、見える文字の内容が変わることはあるの?」

「いえ、今まで変わったことはありません。私も、自分の文字が変わればいいなと思うのですが……。運命はそう簡単に変わらないものなのかもしれません」

「そう……」


 すると殿下はしんみょうな顔をした後、私にしっかりと目線を合わせた。

 その表情は、今までの人形のような完璧な笑みではなく、彼の自然な笑みのように見える。そして何故か、ちょうせん的な瞳をしていた。


「あのね、さっきも言ったとおり、王子である私が、ちょろいだの誰かに騙されるなど有り得ない。そんな運命はどうしても許せない。だから私は自分の文字を変えてみせるよ。そうしたら、君も変えられるかもっていう希望が持てるでしょ?」

「王子殿下……」


 思いもよらない言葉に、目を見開く。

『ちょろい』というかいしゃく不能な言葉よりも、あからさまに私に浮かぶ文字の方がひどい内容だから、シルヴィール殿下を少しでもはげませたら、と思っていたのに。

 まさか反対に、シルヴィール殿下に励まされてしまうとは。


「シルヴィールって名前で呼んでほしい。けいしょうもいらない。私もルイーゼと呼ぶから」

「えっ!」


 突然の提案に声が裏返ってしまった私にまた微笑んでくれた。自分でも、彼がちょろく、誰かに騙される人になるなんて考えられない。短い時間ではあるものの、シルヴィール殿下は強い信念を持ち、自分を律して行動している人なのだと感じた。

 きっと彼ならば、この頭の上に浮かぶ文字すら変えてしまえるかもしれない――。

 自然とそう信じられる気がしてきて、なんだか自分のことにも希望が湧いてきた。


「ありがとうございます、……シルヴィール様。では私も、シルヴィール様が希望を持てるよう、頑張りますわね。どちらが文字を変えるのが早いか競争です!」


 そう言って微笑み返すと、シルヴィール様は口元を手でおおって私から視線を外した。彼の耳が赤いように感じるのは気のせいだろうか。もしや体調が悪くて隠しているのか。

 さっきまでのシルヴィール様を思い返すと、怒ったり、笑ったりと表情が豊かな方が本当の彼なのだろう。

 でもその姿を見せてくれるのはいっしゅんで、ずっと作ったような笑みを張り付けている。

 それが、先ほど彼の言った『王族とは常に完璧でなくてはならない』ということなのだろうけれど……人に弱みを見せずに常に気を張り詰めていても、それを悟られないようにする。そして、いやなこともつらいことも表に出さず、常に笑顔で対応してきたのだろうと思うと、彼はなんと苦労してきたことか。

 今もまんしているのではと心配していると、すぐに元通りの表情になり、何もなかったかのように会話が続けられた。


「わかった。……そういえば鍛錬って、誰に教えてもらっているの?」

「我が家の護衛騎士です! マメの件もそうですし、いろんなことを教えてくれるんです。たよりになる格好いい騎士様なんですよ!」


 我が家の護衛騎士について熱く語っていると、何故かシルヴィール様の周囲の温度が下がっていく気がした。


「男の護衛か……。さっきゅうに手を打つ必要があるな……」


 何かをポツリと呟かれたけれども、小さすぎて私には聞き取れなかった。もう一度聞き返してみようかなと思ったところで、国王陛下とお父様が戻ってきた。



 私のこの頭の上に浮かぶ文字を見る力は、『とうの能力』と呼ばれることになった。

 異能については王族やそれに連なる貴族以外には詳細が伏せられ、やみに力を使うことを強制できないように国にまもられるとのこと。

 そこまで厳重に護っていただいてありがたいけれど、きっと私の能力はそこまで国に役立たない。

 頭の上の文字が見えるって言ったって、基本はしょうもない内容なのに――過度な期待はやめていただきたいですわ!


 それに……シルヴィール様も国王陛下も、誰も知らない。私の頭の上に浮かんでいる『悪役令嬢(破滅する)』という文字を。

 私は複雑な気持ちになるが、今日はもう帰ってよいとのこと。ならば王家に護られる身分に相応ふさわしいよう、さらなる善行について家に帰ったらじっくり考えなければ……と思っていたのだが。


「父上、ルイーゼ・ジュノバン伯爵令嬢を私のこんやくしゃにしていただけないでしょうか?」


 シルヴィール様からのしょうげき発言に、私もお父様も驚きすぎて目を丸くした。


「ほう、お前が望みを言うなどめずらしい。『透視の能力』持ちとして保護する話は先ほど取り決めてきたし、ふむ、たしかに婚約者ならば立場的に外にもかんづかれず保護することができる。良いだろう。ジュノバン伯爵よ、どうかな?」


 と何故か国王陛下もしょうだくしてしまった。私とシルヴィール様の婚約は政略的な意味を持つのだと、国王陛下の話でなんとなく勘づく。

 たしかに、お父様はどのばつにも属さない中立派だし、『異能者』を国に留め置くためには、この政略けっこんは良い手段。

 王命だとすると、断るというせんたくはなく……。


「こ、光栄でございます! 我が娘の婚約、お受けいたしますっ!」


 お父様が深々と頭を下げ、この場で婚約が決まってしまった。


「よろしくね、ルイーゼ」


 満足そうに目を細めるシルヴィール様のお人形のような綺麗な顔を、私はポカンとした顔で見つめ返すしかできなかった。

 ちょっと待って。先ほど私の上に浮かぶ文字は、家族も不幸になるほど悪い内容だと伝えましたよね!?

 たしかに競争しようとは言いましたけど、文字が変わる保証なんてないですし……いや、変えるために頑張りますけど……とにかく、王子の婚約者には相応しくない人間なんです! と信じられない気持ちで天をあおいだ。


 こうして……私はナイル王国第二王子であるシルヴィール・ナイル様の婚約者となってしまったのだった。


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