最終話 咆哮(その⑥)(完結)
《何っ!》
思わず、吼えた。
咆哮はまたも衝撃波となって、今度は俺を中心にして全方位に放たれた。まるで水面に生じた波紋だった。周囲のビル群を次々と薙ぎ倒し、銀行や生保、増改築を重ねて巨大化した駅ビル等、見慣れた池袋の駅前風景をドミノ倒しに瓦解させていった。
《……どういうことだ?》
《不公平で、間違った社会に立ちする義憤ですか? そんなこと、本当は露ほども思っていないくせに》
反駁しようとする俺を無視して、奴は嘲弄の口調で続けた。
《あなたはただ……単純に、この世界を壊したいだけなンですよ。立派でご大層な大義名分を掲げたところで、本音は自分の思い通りにいかないこの世界を、癇癪を起した子供みたいに、ただただ壊したいだけなんですよ》
《⁉》
《二十数年前……あなたはミュージシャンを夢見て、上京してきましたよね》
《何でそれを⁉》
問いには答えず、奴は更に続けた。
《でも現実は厳しかった。組むバンド組むバンド、全てが上手くいかなかった……》
《……》
《夢を諦め就職しようとするも、時すでに遅し。年齢で引っかかり、中途採用で受けいれてくれる会社はなかった。将来の展望もなく八方塞がりになったあなたは、何とか派遣で食いつなぎながら、自分を蔑ろにするこの社会への憎悪と鬱憤を、ただただ溜めこんでいくしかなかった……同じですよ、あの時と。あなたには正社員の権堂への憎悪があった。かわいい女子高生への性的な興味があった。憎いから痛めつけたかったし、欲情したから犯したかった。そして、今……壊したいから壊した。いいじゃないですか、それで》
奴の言葉は――。
俺の心を覆っていた、幾重もの厚い皮膜を、一気に剥がすようだった。
深層に隠れていたものを、露わにされるようだった。
俺は
四方八方に飛散していく、大小様々な瓦礫群。
それにつれて舞いあがる、黒い煙や灰色の粉塵。
あらゆるもの、全てのものを消し去る――。
この、〝力〟。
そうだ。
俺は独白した。
今更――自分を偽る必要がどこにある?
やりたいことを、やればいいのだ。
したいことを、すればいいのだ。
何故なら――今の俺には、それができるのだから。
すると、蟇田以外の別の意識が入りこんでくるのを感じた。それが、渋谷に現れたイタクァや新宿のヨグ=ソトース、その他の邪神や神話生物、奉仕種族たちの意識であり、彼らも元は人間で、社会に不満を溜めこんでいた連中なのだとわかった。俺と同じように、蟇田によって変えられたのだった。
――しかし、こんなことができる、蟇田とはいったい……?
《お前は……いったい何者なんだ?》
そう問うた瞬間、閃くものがあった。
《まさか! お前はナイアル……》
《ご明察!》
俺の言葉を遮るように、奴はそう言った。
と、一転、急に哄笑しだした。
《なンてね。違いますよ。そういうのを確か……〝クトゥルー脳〟とか言うンでしたっけ? 現実に起こった出来事を、何でもクトゥルー神話に直結させてしまう傾向のことでしたか。あなたが貸してくれた本に、確かそう書いてありましたよ》
《じゃあ……いったい何者なんだ⁉》
笑いながら、奴は言った。
《忘れちゃったんですか、沢渡サン? 前にも言ったはずですよ。ボクは……本来なら、こんな所にはいないはずの存在なンですよって》
地獄めいた、奴の硫黄のような体臭が、鼻先をふいに掠めた気がした。
《そンなことより……あなたはこの世界を、今すぐこの世界を、ぶち壊したいンでしょう? 早く、やったらどうですか! さぁ! さぁ、早く!》
そうだった。
最後まで、奴の言う通りだった。
俺は、世界に向かって、吼えた。
この期に及んで――。
何の遠慮が、いるものか。
了
≪加筆修正版/2021≫
(オリジナル版/2016)
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