最終話 咆哮(その④)
身体中の皮膚が膨張する感覚。
意識が遠のきかけ、たまらず眼を閉じる。
頭や身体に何か硬いものがぶち当たり、砕ける音が鳴り響いた。
人の悲鳴や怒号も聞こえてきた。
遠のきかけた意識の手綱をたぐりよせながら――ゆっくりと、眼を開けた。
眼下に、信じられない光景があった。
最初、自分が宙に浮いているのかと思った。
数十メートル下の明治通りに停車している車群や、立ち止まってこちらを見上げている人々の小さな姿が見えたからだ。
無意識に伸ばした手が何かの縁を掴んだ。それが、家電量販店の隣の雑居ビルの縁だと気づくのと、自分の手が鋭いカギ爪のある、緑色の爬虫類じみたそれに変化しているのに気づいたのは同時だった。
「⁉」
宙に浮いているのではなかった。半壊した量販店ビルから、上半身だけを曝けださせて立っているのだった。巨大化していた。歩こうと脚を動かすと、ガラガラ……とビルの壁が崩れた。砕け散る破片や埃の中から出てきたのは――これまたカギ爪のある爬虫類の脚だった。
眼前に、壁一面が窓ガラスのビルがあった。その窓ガラスが鏡面の役割をはたして、俺の全身を映しだしていた。
爬虫類とも伝説のドラゴンともつかぬ緑色の胴体。人と同じ二本の腕と二脚の脚があったが、鋭いカギ爪が獰猛な獣じみていた。背には胴体に比して貧弱な翼。巨大な貌の口にあたる部分からは無数の触手が生え、各々勝手に蠢きあっていた。蛸や烏賊などの頭足類がそのまま、下顎部分におさまっているようだった。眼前に立つものが何なのか、当然、俺は知っていた。
身じろぐと、窓ガラスに映ったものも身じろぎした。右に傾くと右に傾き、左にずれると左にずれる。
俺の身体が変貌・巨大化し――神話に登場する邪神、クトゥルーと化していたのだった!
《どうです、沢渡サン? その身体……気に入っていただけましたかねぇ?》
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