第1話 奴(その③)
「おらぁ! 荷物、取りはぐってんじゃねぇぞ! おめぇだよ、おめぇ!」
ハンドマイクで拡大された怒声が場内に鳴り響いた。反射的に、俺たち派遣は身をすくませた。
声の主は運送会社の正社員で、現場の管理監督者である権堂だった。
鋭い眼つきの三十がらみの男で、鷹などの猛禽類を思わせる顔だちだった。今はセンターの内勤だが元はドライバーで、筋肉質でがっちりした体格をしていた。
その権堂が場内全域を見渡せる中央の〝お立ち台〟に立ち、マイク片手に俺たちの作業ぶりを監督しているのだった。
配送センター内の様子はこうだ。
広大な場内の中央を長さ約八十メーターほどのベルトコンベアーが二基、行きと帰りと互い違いに流れている。
それぞれの大コンベアーの外側から直角に生えるように小さなコンベアーが四十五、二基合わせて九十の小コンベアーが伸び、更にそれは、センター外に駐車された各トラックの荷台へと続いている。
俺たち派遣の仕事は、大ベルトコンベアーと小ベルトコンベアーの間に立ち、流れてきた荷物を行き先別にピックアップ、それぞれのトラックへと続く小コンベアーへ流す、というものだった。
ただ、そんな字面通りにいかないのが、この現場のハードさだった。
新人が入ってきても、仕事のキツさゆえにすぐに辞めてしまうのだ。そのため慢性の人手不足で、三つ四つの小コンベアーをひとりで掛け持ちせざるを得なくなるのだ。当然、負担は増加する。それに同じ行き先の荷物ばかりだったらまだいいが、違う行き先の物がランダムに混ざっていたり、重量のある物が連続で来たりするとお手上げだった。ピックアップしきれずに荷物を取り逃がし、するとすかさず、先程のような権堂の怒号が飛んでくるのだ。
「あー、それから今のうちに言っとくが、今日も残業はやってもらうからな! だが、三十分は越えないこと! 二十五分ギリギリまで作業! その後、すみやかにタイムカード! いいな!」
三十分を過ぎると残業代が発生するので、それまでには仕事を終わらせるように――つまり、賃金を払わずにすむギリギリまでお前ら派遣はタダで働けよ、と我らが監督サマはおっしゃっているのだった。
「おい、そこ! モタついてんじゃねぇぞ! またおめぇか、このチビデブハゲメガネ!」
また、誰かが荷物をピックアップし損なったのだろう。
しかし、それにしてもひどい罵倒だった。
罵倒されて喜ぶ人間などいない。罵倒されないために、あるいは罵倒されても自尊心が傷つかないように、俺たちはただただ感情のない機械のごとく働き続けた。
いや。
でもそれは、おかしな話だった。
俺たちは尊厳を持った人間のはずだった。法で、基本的な人権や尊厳を認められているはずだった。それなのに何故、こんなにも罵られ続けなければならないのか。こんなにも使役されなければならないのか。奴隷のように、牛馬のように、酷使されなければならないのか。
俺は、マイク片手に延々と罵言を喚き散らしている権堂を見た。
その時だった。
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