第3話 ドンドコ(その③)

「おお! 活け締めはせずに手早くおろす、何と見事な職人の技! まずは頭を叩いて失神させる。調理中に暴れると、旨味成分が減るからね。で、目隠しをして内臓を傷つけないよう気をつけながら、ササッ、ササッ、と包丁を入れていく。最後は一口大に切りわけて、活け造りの完成だ。添えるのは生姜か檸檬、どちらかをお好みで」


 そこでいったん言葉を切ると、改めて宣言するように言った。


「さぁ! 我らが〝神〟に捧げましょう!」


「捧げよ」


「捧げよ」


「我らが〝神〟に!」


 その場にいる者全員が、口々に唱和しだした。


 彼らの視線の先には――闇のなか置かれた、巨大な〝像〟があった。


 あんなものがいつから置かれていたのか。見るからに邪悪そうな、人とも獣ともつかぬ貌をした、不気味な〝魔像〟だった。胡坐あぐらをかいて鎮座しているさまは、中世ヨーロッパの聖堂騎士団が崇めたという、悪魔バフォメを連想させた。


 眼鏡の三十過ぎの男が、何やら唱えだした。


 続いて、他の連中も唱えだす。


 日本語ではなかった。


 かといって、英語でも他の外国語でもないようだった。


 何かの呪文か、祝詞のりとのようだった。


 私、〝供物〟なんです……彼女が言った言葉が、脳裏によみがえってきた。


「では皆さん、いただきましょうか」


 不気味な〝魔像〟への祈りが終わると、三十過ぎの男が、すでに用意されていた箸と小皿を手にした。


 その他の物も皆、箸と小皿を取り、大皿の上に横たわる、白い裸体へと群がっていく。


美味おいしー」


「身がコリコリしてるね」


「いくらでもいけちゃう~」


 活け造りの魚のごとく切り分けられた彼女の肉片をついばんで、じっくりと味わっているのだろうクチャクチャと、咀嚼しながら感想を言いあっている。


「ほら、ここの神経を箸で突っついてごらん」


「わ、おもしろ~い、ピクピクしてる~」


 それまで眼をそむけていたのだが、つい、そちらへ眼を向けてしまった。


 群がる人々の背の隙間から、しょくされている最中の、彼女の顔が覗き見えた。


 美人で整っていた顔は、今はもう白目をむいて見る影もなかった。紅い唇からは泡と涎が垂れ流れ、えへっ、えへっ、えへへっ、と笑っていた。


 ふいに、クールー病という病気のことを思いだした。


 うろ覚えだが確か――五年か二十年ぐらいの潜伏期間で発病し、発病すると脳の神経細胞が壊されてスポンジ状になり、三ヶ月から九ヶ月で亡くなってしまう、未だ治療法も確立されていない難病ではなかったか。その原因が食人カニバリズム習慣にあり、その習慣をもっていた(勿論、今は禁止されている)南太平洋のとある島国の一部族が、クールー病に苦しめられていたそうなのだ。




 ――食人。


 ダメ。ゼッタイ。






 

 

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